
宮内庁へは桂離宮の見学申し込みや何やかやで宮内庁に勤めている兄の友人を訪ねて三度ばかり行ったことがある。宮内庁と聞いただけで、宮内庁というところは古臭いしきたりに縛られて言葉遣いや礼儀作法などにもうるさく、古風で封建的な働き難い職場だろうというイメージが湧いて来る。従って、所詮は殿上人(てんじょうびと)たちばかりの職場で、庶民には不向きな何かと肩肘張った堅苦しいところだろうとばかり勝手に想像していた。ところが案に相違して、宮内庁職員の働き振りを見たとき、伸び伸びと明るい雰囲気の実にモダンな職場環境なのに驚いた。
宮内庁は皇居の中にある。皇居の北側、首都高速道路の代官町入り口の傍にある桔梗(ききょう)門で入館手続きを済ませてから再び車に乗って2、3分程奥へ走ると、そこにに鉄筋コンクリート造りの白い4階建てのビルがある。文部省や大蔵省に似た古びた建物で、建物の中央部にある数段の玄関階段を登ると、まるで昔の病院の受付のような小さな小窓のある、如何にも歴史を感じさせる古色蒼然とした受付である。受付には50歳過ぎの割烹着の似合いそうなおばさんが座っていた。
皇居は想像以上に緑が豊かで、お堀端の丸の内ビル街はおろか電柱、電線さえも全く見えない。木々は鬱蒼と繁茂して丈が高く、山深い山間を思わせる。森林浴でも出来そうな森閑とした環境である。直ぐ近くに首都高速道路の代官町の入口と出口があるが、車の騒音も全く聞こえて来ない。大都会のど真ん中にあるにも拘らず、そこには都会の喧騒から隔絶した森林の静けさがあった。都内にこんな素晴らしい所が残っていたのか、と驚いた。兄の友人はいい所で働いているなぁ、宮内庁は恐らく東京一の職場環境だろう。
しかし、よく見ると、そんなのんびりとした自然環境の中の到るところに、建物の入り口の脇やかなり広い車道には数十mおきに皇宮警察官が厳めしい顔をして目を光らせて立っている。ちょいと庭を覗いてみたい欲望に駆られ、ひょいと皇宮警察官の方を見ると、良からぬ企(たくら)みを見透かすような彼らの強い視線にぶつかる。思わず、緊張する。
宮内庁の建物は、昭和天皇の崩御や皇太子の御成婚の時にテレビによく写っていたので、その緑青の吹いた緑の屋根と白い古ぼけた建物は有名になったが、宮内庁に用事があるなんてことは滅多にあるものではなく、なかなか訪れる機会はない。誰でも、いつでも、簡単に入れるという訳ではないようであるが、手続きさえ踏めば、宮内庁の見学は案外簡単に許可が出るらしい。
宮内庁の建物に入って、応接室に通されて待っていると、また驚いた。ジーパン姿の女性が楚々としてお茶を出して呉れたのである。驚いて事務所の中を見回して見ると、上下揃いのジーパン姿や清楚なブラウス姿など様々な服装をした女性事務員さんたちが真剣な表情ながらも思い思いに伸び伸びと働いている。皆、私服である。当たり前だが、言葉遣いもごく普通の言葉である。事務所の中はさすがに私語は少なく、動きもキビキビとして適度の緊張感があって清々しい。
どうも宮内庁所定のユニフォームはないようである。宮内庁というイメージから、清楚なユニフォーム姿の女性達がひっそりと静かに働いている古風な堅苦しい所とばかり想像していたが、想像以上に自由な雰囲気で、伸び伸びとしていて明るいところである。天皇家800年の歴史に確実に現代の文化が溶け込んで、古い文化が新しい文化の中に承継されていっているようである。