以久遠氏の Beauty,Business & Favorites    VOL. 22 2000.09.01号 [ 毎月1日更新 since 1998.12.15 ]

    禄  

 最近の若者は「威厳」という言葉を使わなくなった。しかし、「貫禄」という言葉は嫌いではないらしい。何でもかんでも「貫禄」という言葉だけで済ませているようである。確かに、貫禄という言葉を広辞苑で調べてみると「威厳」という意味があるが、威厳と貫禄は本質的に異質なものである。

 ただ、最近は威厳も貫禄も同義に解されているような感があるので、もう一度見直してみるのも無駄ではないだろう。例えば、優しい目付きの太った人は貫禄があるように見え、痩身で背筋が伸びて眼光の鋭い人には威厳があるように見える。外見的な印象として、威厳には「むっつり型の厳めしい」感じがあり暗い印象を抱くが、貫禄には明るく賑やかな感じがある。若者が威厳という言葉より貫禄という言葉を選びたがる要因は案外こんなところにあるのかもしれない。威厳について、三島由紀夫は「葉隠入門」の中で次のように述べている。

     「その人の身に付いた威厳があらわれる。精進努力する所、もの静かな所、寡黙な所、礼儀正しいところ、

     行儀の行き届いた所、奥歯を噛んで眼光炯炯(けいけい)たるところ、などに全て外観に現れる。つまり、ひ

     たすら思い詰め本気であることが威厳の基本である」

と。この言葉からイメージする威厳の姿は暗く、最近の若者のやたら明るく賑々しい嗜好からは程遠い。努力よりも手軽さを求め、やたらと騒々しく、礼儀知らずで行儀も悪く、何事にも我慢の出来ない、魚屋の店先に並んでいる鰯(いわし)のような生気のない目をした若者たちとは180度転回した世界の価値観なのである。

 貫禄は、「見かけ倒しの貫禄」とか「貫禄ぶっている」とか「貫禄のある人だ」などと使われるが、威厳には、少なくとも「見かけ倒しの威厳」とか「威厳ぶっている」という言い廻しは無い。即ち、貫禄は虚の姿を印象的に表現した言葉で、威厳は実の姿を表す言葉と言えるだろう。威厳は人格の内面から、即ち「身に付いたもの」が自然に発露するものを表現するものだからである。従って、「身に付いているように錯覚させる」のが貫禄ということになる。

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