以久遠氏の Beauty,Business & Favorites       VOL. 24 / 2000.11.01号       ビジネス-1

民衆変化  

 「民衆というものは、いつも政変を待ち望みながら、しかも、それを恐れているのだ」という言葉は、ローマ帝政時代の歴史家であり雄弁家でもあるタキトゥスの「年代記」に出て来る。タキトゥスは、今から一世紀近くも前、紀元55年〜120年頃に生きていた哲学者であるが、この言葉は今も尚、人の心に実に新鮮に響く。

 選挙があるたびにこの言葉を思い出す。永田町やジャーナリズムが「今度こそ、政権党が負けるだろう」と予測していても、投票箱を開いてみれば、結局のところ政権党が勝っているという繰り返しが続いている。従って、政治は何も改まらない。やはり、タキトゥスの言うように、民衆は「変化」を恐れているのだろうか。政治家とジャーナリズムだけが「変わる、変わる」と騒いでいるだけで、民衆は「変わる」ことを望んでいないのだろうか?

 これと似た現象は単に政治の社会だけにとどまらない。企業社会においても同じようなことがごく日常的に起こっている。例えば、組織が改められ人事異動が行われて、よく知っている上司が部長に昇進する場合と見知らぬ新任の部長が赴任して来る場合とでは、組織の中に全く反対の現象が現われる。

 よく知っている部長の場合は、「何かが変わる」ことを強く望む。そして、何も変わらない場合は大きな不満となる。人柄や考え方を知っているだけに、「あの人はここまでしかやらないだろう」という安心感を気持ちのどこかに抱いているからである。この場合、民衆である社員は変化を待ち望んでいるのである。

 しかし、見知らぬ部長の場合、それまで「変わることを欲していた」筈の従業員達はむしろ「何かが変わる」ことに躊躇心と猜疑心を抱く。新任部長の人柄も考え方も分からないために、「何をしでかすのだろうか」と警戒心と恐怖心を抱くのである。正しく、タキトゥスの言う「それ(変化)を恐れているのだ」という訳である。

 これらは、人間が本質的に有している「保守心」のなせるところである。多くを望まぬプチブル階層は今の安定を保障された上での「変化」を望んでいるに過ぎないのである。虫の良い考えであると言えばそれまでだが、民衆の要求とは案外そんなものなのかもしれない。現状に決して満足していなくとも、民衆はむしろ今より悪化することの方を恐れるのである。

 彼らは往々にして「現状を打破して新しい社会を作ろう」と口では言うが、これを正直に受け止めてしまうと大抵裏切られ失敗する。彼らは、タキトゥスの言うように、「政変を待ち望みながら、しかもそれを恐れている」からである。一見、組織が変わることによって、企業だけは変化しているかの如くに見えるけれども、果たして本当に変化しているのであろうか?疑問である。


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