夕方、17時半頃、福岡市の昭和初期に建てられた古式情緒の残る日本銀行福岡支店の前の歩道の脇に、「福錦関」と青地に白く染め抜いた相撲幟(のぼり)が数本、玄海灘からの浜風に揺れていた。しかし、見回して見ても、辺りにはそれらしき店も見当たらない。福錦と言えば、昔、20年近く前にもなろうか、出羽の海部屋で「初っ切り(しょっきり)」を務めていたお相撲さんの筈である。暗くなれば、恐らく屋台が出るのだろうと見当を付け、出直すことにした。
「初っ切り」をご存知ない方のために簡単に説明しよう。「初っ切り」とは、大相撲の本場所や地方巡業の際本番の始まる前に、相撲を知って貰うために相撲の技48手や禁じ手などを分かりやすく、ユーモラスに紹介するコミックショーのようなものである。東西から小柄な二人の相撲取りが土俵上に出て来て、行司役が進行役を務める。
初っ切り相撲は、小柄な人が務めるようになっているようで、動きも飛び跳ねるように身軽く敏捷で、掛け技が分かりやすいように大袈裟に投げたり投げられたりする。サーカスのピエロを思い浮かべて頂けばよいが、その軽妙さに満場、笑いが渦巻く。朗々として伸びやかな「どすこい、どすこい」の合いの手が和む相撲甚句同様、「初っ切り」相撲のファンも多いらしく、初っ切りを見るために初日を選ぶ人も多いそうである。
一時間半ほど経ってから再び日銀の前に来て見ると、案の定、小さな屋台が出ていた。既に若い男女で満員で、路上には木炭が真っ赤に燃えている七輪が数個並んで、もうもうと煙が立っていた。お相撲さん上がりの屋台がラーメン屋の筈はないから、何の店だろうと思って聞いてみたら「ちゃんこ料理屋」だった。屋台の「ちゃんこ屋」は日本で唯一ここだけらしい。ちゃんこ鍋の他にも炭火焼きの焼肉もあるという屋台だった。
福錦関は?どの人かな?と屋台の中を覗いて見ると、小柄だが、髭面のがっしりした体格の人がいた。お腹も出ておらず、お相撲さん上がりとは思えない体躯であった。奥さんらしき人が屋台から出てきたので、半信半疑の面持ちで「出羽の海部屋の福錦さんですか?」と尋ねて見ると、「主人がそうです」とのこと。引退してからは、奥さんと二人で屋台「ちゃんこ」を開業されていたのである。
福錦関は立派な鼻髭を蓄えていた。顔中、髭むじゃで、まるでスペインかポルトガル系のプロレスラーのような風体である。身長は175cmに欠けるくらいの小柄な体躯であるが、腕や肩の筋肉が隆々として腹部が引き締まって力強い。本人が自己紹介でもしない限り、お相撲さん上がりだと言っても誰も直ぐには信用しないだろう。この屋台に来ているお客さんのうち、福錦関の経歴を知っている人はいくらもいないのではないだろうか?ちょっと見には、コワモテのオヤジサンという感じである。
奥さんに「相撲の好きな息子がいまして、写真を一枚撮らせて貰えませんか」とお願いしたら、快諾して戴いた。屋台から福錦関が出て来て、「こんな格好でよろしいですか?」。腰に手を添えて、仁王様のように足を踏ん張ったポーズをして呉れた。国技館の優勝額を見るようだった。やはり、筋肉質の体躯からプロレスラーの力道山のように見えるが、お相撲さん特有のポーズである。傍で見ていた奥さんの表情が、どことなく嬉しそうに見えたのは欲目であろうか。
甲斐甲斐しく独楽ねずみのように忙(せわ)しく働いていた小柄な奥さんの姿が今も瞼に焼き付いている。この時はサラリーマンの男女が一杯で空き席が無く、名物らしい「一人前造りのちゃんこ鍋」を食することは出来なかったが、いつの日にか折を見て必ず再訪し食したいと思っている。