Profile of Mr.Ikuo                               VOL. 26 / 2001.1.1号

----奥羽本線、弘前から秋田の旅---

夜汽車

 先日、東北出張の折り奥羽本線に乗って、久し振りに夜汽車の旅を楽しんだ。新幹線や高速道路が出来てからは新幹線や車や飛行機で移動することが多くなって在来線の夜汽車に乗ることは殆どなくなっていたので、懐かしく心躍るような楽しい気分であった。

 岩手県の盛岡に一年半ほど単身赴任し、その後も東北出張は多かったが、思い返してみればいつも車ばかりで、実は奥羽本線に乗った記憶がない。弘前から秋田までの短い夜汽車ではあったが、初めての奥羽本線の旅であった。

 奥羽本線は、陸奥湾沿いの青森市を出発し、津軽平野を縦断して弘前に入り、山間の家具の町大館(おおだて)を経て、日本海の能代に出、八郎潟を右に見て秋田に入り、再び内陸部に向かい大曲、横手、雄勝峠のトンネルを抜けて「こけし人形」と「さくらんぼ」の産地山形県、新庄、将棋の駒の古里天童、山形米沢牛で有名な米沢を経て福島駅で東北本線に合流するというくねくねと曲がった路線である。

 私が利用した区間は、弘前から秋田までの148kmである。弘前を18時39分に出る特急「あけぼの」に乗って、秋田には20時56分に着いた。青森発18時05分上野着06時58分という列車である。148kmの距離を2時間半ほどかけてのんびりと走る特急夜汽車の旅であった。

 弘前駅に着いたとき既に夕闇が漂い始め、津軽平野の北方彼方には岩木山が夕陽の中に女性的な優しい佇まいを見せて聳えていた。特急「あけぼの」は、東に雲に覆われた八甲田山の山塊、西に津軽富士の別名を持つ秀麗な岩木山を遠望しながら弘前を出た。コンパートメントは四人掛けのシートに一人ゆったりと足を伸ばして座れる程の疎らな乗客である。

 一路、ブナの原生林で世界遺産に登録された巨大な白神山地と十和田湖の間を南下する。夜汽車が駅に停まるたびに乗客がパラパラと降りるだけで、乗り込んで来る客は殆どいない。ゴトゴトと固い椅子席を震わせて走る夜汽車のスピードは時速80kmぐらいだろうか。窓外の風景が緩やかに流れ、大鰐(おおわに)温泉に着く。観光客らしい老夫婦が一組降りた。津軽平野の南端の地で、鄙(ひな)びた温泉の町である。これよりブナの原生林地帯に入る。

 青森と秋田の県境、矢立峠のトンネル付近で日はとっぷりと暮れ、闇の中に時折り温泉宿の灯りが薄ぼんやりと見える。灯りが通り過ぎると、山中の景色は瞬く間に一面闇となり何も見えなくなる。窓ガラスにはパラパラと疎らに座っているお客さんの無表情な顔と所在無げな姿が映るだけとなった。

 一際明るい街並みが見えて来た。家具の町大館である。賑やかな町のようであるが、人影は全く見えない。パチンコ屋だろうか、けばけばしい原色のネオンの灯りだけがチカチカと忙しく点る。列車が西方へ動き出し、再び疎らに微かに見える灯の影を楽しむ。鷹巣(たかのす)を過ぎ、東能代で日本海の直ぐ近くに出、90度折れて南下する。

 夜汽車は、殆ど灯りのない真っ暗闇の中に幽(かす)かに浮かび上がる八郎潟の大規模な干拓地を右に見ながらひたすら走る。男鹿半島への入り口である八郎潟の駅を過ぎた頃、恐らく大潟村だろう、高層ビルの窓の明かりが見えて来た。都会に慣れた目には懐かしく親近感が湧いて来る。窓外の光景がゆっくりと左から右へ流れ、そのうち高層ビルも視界から消えて去った。

 それから25分足らずで秋田に着いた。20時56分、定刻である。秋田駅に迎えに来て呉れた友人のO君と久し振りに会い、駅の近くの大衆割烹で遅い夕飯を食べた。「ししゃも」に似た「こまい」という干魚の焼いたものが美味だった。白っぽい肌の小綺麗な小魚である。ししゃもよりちょっと骨が固いが淡白な塩味で、頭から丸ごとむしゃむしゃと食べる。茨城生まれで東京育ちの秋田在住の友人も初めてだと言う。

 学生アルバイトの店員さんに「これは何という魚なの?」と尋ねたら、「名前は知りませんが、最近、東京のお客さんに評判がいいんですよ。聞いて来ましょうか?」という答えが返ってきた。大きさと背骨の硬さから、その時は「(はたはた)の幼魚だろうか?」とも思ったが、鰰よりも見掛けが上品で何となく感じが違う。店員さんが戻って来て「『こまい』という名前だそうです」と教えて呉れた。後で広辞苑で調べてみると、

   こまい【氷下魚】 タラ科の海産の硬骨魚。タラに似るが、小形で全長30cm以下。日本海と北太平洋に分布。

             根室地方などでは、冬季、海面の氷に孔をあけて釣る」

とあった。

 記憶の彼方に置き忘れたようになっていた10数年ぶりの夜汽車の旅は懐古的で愉快だった。レールの継ぎ目が奏(かな)でるガタン、ガタンというリズミカルな音や固い椅子に伝わって来るガタガタという小さな振動は、忘れていた二十数年前の記憶を呼び覚まさせて呉れたが、むしろ新鮮な経験に感じた。特急列車の筈であるが、夜汽車の窓の外をゆっくりと流れる風景も、まるで時間が現在から過去へと緩やかに静かに流れ去るように映って情緒がある。緩やかに流れるように過ぎて行く光景を見ていると、過去を懐しみながら感傷に浸るような気分になる。

 それに比べると、新幹線の旅は、窓外の光景を記憶という乾板に焼き付ける閑もなく一瞬のうちに一切合財(いっさいがっさい)全てを乱暴に過去へ葬り去って行くような感じがする。現代人がつい2〜3年前のことさえ定かには記憶出来なくなったのを象徴するかのように、そこには楽しみもゆとりも人の心の入り込む隙もない。


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