以久遠氏の Beauty,Business & Favorites 食紀行 VOL-2 / 1999.01.01号
柳川、殿様の料亭「お花」鰻の蒲焼きや、河童伝説、水郷の船遊び、詩人北原白秋などで有名な九州福岡県の柳川に、もう一つ忘れてならない名所がある。殿様の料亭旅館「お花」である。地元では鰻の蒲焼がつとに有名であるが、「殿様」が示すように経営者は立花藩本家のお殿様の末裔(まつえい)という由緒正しい格式の、格調高い料亭である。「殿様屋敷」という謳(うた)い文句から徳川時代のお殿様を「売り」にした商売っ気プンプンの料亭旅館を想像しがちだが、連想されるような俗っぽさは微塵もない。
ところが、何故か、料亭の正式な名称が定かでない。部屋に掛けてある「お花」のカレンダーには「殿様屋敷 御花」と印刷されているが、床の間の掛け軸やお箸の袋には「お花」とあり、柳川駅から「お花」へ至る道路端の道案内の看板には「御花」と書いてある。通称は「お花」であるが、どちらでも構わないのだろうか?妙なこだわりがないのが、如何にも鷹揚なお殿様の店らしい。しかし、些細なことだが庶民には気になる。折角、一泊したのだから聞いておけばよかった。
「お花」へ行くには、西鉄柳川駅からタクシーで10分くらい乗る。旧柳川城の南西角に花畠という地名の場所がある。「お花」の名前の由来となったところであるが、「お花」はこの花畠にある。お城の一区画であるが、7000坪の広大な敷地は周り四方を掘割に囲まれていて、如何にも用心深いお城の名残りが随所に残っている。
広大な7000坪の邸は、松涛園という日本庭園を中心に洋館と客殿を配した造りであるが、中世と近代、和と洋とが見事に調和している設計である。中心には、如何にも大名好みの松島写しの回遊式の日本式庭園がある。その庭園を眺望するように徳川時代から明治時代に建てられた木造平屋建ての殿様屋敷と料亭、二階建ての博物館になっている大正時代建築の白亜の洋館、昭和になって建てられた四階建ての鉄筋コンクリート造りの宿が渾然一体となって建てられている。
大正時代に建てられたという二階建ての白亜の瀟洒な洋館は、立花家の博物館と筑後地区の民具資料館として開放され、矢絣(やがすり)の和服を着た腰元のようなお嬢さん方が迎えて呉れる。館内の到る所に甲冑やお姫様の日用品など、殿様と家族の生活雑器から、室町時代の陶器などの美術品に到るまで幅広い物品が展示してある。大名家の仏間やお姫様の雛人形なども時代を超越するかのように展示されていて、落ち着いて静かに観覧できる。
「お花」の全体的な印象は、料亭というよりも博物館か美術館という雰囲気で、名前から予感される俗っぽい華美は感じられない。簡素な中にしっとりとして優雅な雰囲気が漂っている落ち着いたたたずまいの宿である。料亭は木造平屋建ての中にあるが、この木造の建物はもともと約300 年前の1697年に4代目立花藩主立花鑑虎(あきとら)が休息するために作った集景亭(しゅうけいてい)がその前身という由緒正しい建物である。この集景亭を14代当主の立花寛治が明治42年〜43年にかけて増築新築した。特に、松島を写したという岩石と松の木の庭園、松涛園が有名で、国の名勝文化財に指定されている。冬には、渡り鳥の鴨や鷺が飛来するそうである。
料理は、お殿様の奥方が考えられたというオリジナルの日本料理で、魚は有明海の土地の物が供される。「めじか」という小さな緑色の貝、土地の人に「くっぞこ」とか「くちぞこ」と呼ばれる姿形が靴の底によく似た舌平目の唐揚げ、ザリガニに似た有明海の珍味「しゃこ」、立花家の農園で採れたという野菜の天麩羅、等々…。脇に座って相伴して呉れる60才くらいの仲居さんが、料理の材料について懇切丁寧に説明してくれた。
「お花」の料理の目玉は鰻の蒲焼である。蒸篭(せいろ)蒸しの鰻重は類を見ない絶品である。裂いた鰻にタレを付け、炭火でこんがりと焼きあげたものである。関東や関西などのように、一度蒸してから焼く方法ではない。直に炭火で焼くので、肉が締まって歯ごたえがある。その鰻の蒲焼きをご飯の上に載せ、さらにご飯をかぶせる。その上に、また蒲焼を載せる。そして、タレをたっぷりかけ、時間をかけて蒸篭蒸しをした鰻重である。
ご飯には少し餅米を混ぜてあるので、赤飯のような腰がある。そのご飯に、蒲焼きの濃いタレがじっくりと沁み込んで茶色に変色している。見た目は良くないが、得も言えない香ばしい匂いがする。箸を付けて食べ始めると、ご飯の下からもう一つの蒲焼が現れる。ボリューム満点、美味究極。
世間一般の鰻重を二段重ねにして、たっぷりタレをかけて蒸したものを思い浮かべて貰えばよい。一泊二食付きで15,000円は安い。さすがは殿様の料亭だけあって良心的である。