以久遠氏の Beauty,Business & Favorites    ビジネス講話   VOL-2/1999.01.01号

訪問訪門  

 近くに来たついでに立ち寄ったという訪問を除けば、訪問するからには、商談か、商品説明か、あるいは表敬か、お詫びか、いずれにしても面談しなければならない何らかの目的がある筈である。ところが、営業マンの中には、営業効率と合理性がビジネスの基本であることを忘れて、ただ何となく訪問しているだけの人が大勢いる。「訪問しましたが、留守で会えませんでした」という営業報告は営業マンの恥と心得るべしである。訪問ではなく「訪門」になってしまっている。

 訪問とは、文字通り「訪れて問う」という意味である。訪問は、先ず面談から始まる。面談は、問答を経て、商談に進む。問答とは、必ずしも具体的な商談である必要はない。業界情報でも、新商品情報でも、ご意見伺いでも何でもよい。頷いたり、驚いたり、質問したり、話題は何でもよいから問答することが大切なのである。そうしているうちに思わぬ展開がある。

 時々、カタログ配りばかりの「訪門」営業マンがいる。配るだけなら、郵送する方が時間もかからず費用も安い。しかも、カタログはお客さんに見て貰って理解して頂かなければ意味がない。カタログを持参して配るのであれば、商談の切っ掛け作りが出来なければならない。競合商品との違い、使い勝手、価格・・・、話題は何でもある筈である。

 ただカタログだけを置いて来るだけの、「問答」のない訪問は単に「門を訪れている」に過ぎない。これはまさしく「訪門」であって「訪問」ではない。当然なことだが、問答のない「訪門」から商談が生まれる筈がない。何度、訪門を繰り返しても何の意味もなさないと心得るべし、である。むしろ、相手に出来の悪い無能力な営業マンという印象を抱かせるだけで、百害あって一利なしである。

 そして、カタログ配りの「訪門」ばかりしていると、お客さんに「わざわざ持参して呉れなくてもいいよ。送ってくれればいいんだ」と、まるで餌を漁(あさ)りに来た野良犬を追い返すようなセリフを吐かれてしまうことになる。やはり、営業マンであれば、お客さんに「今日は、どんなニュースを持って来て呉れたかな」といった期待感を抱かせるくらいの自負心を持って欲しい。

 忙しい人ほど、業界の情報を欲しているのである。ということは、忙しいお客さんに代わって情報収集の役廻りを担ってあげればよいのである。そうすれば、「訪門」が、「今日来るか、明日来るか、と待ってたんだよ」と歓迎される「訪問」に変わる。このような関係になれば、必ず、商談が生まれる。実は、これが商売の種子となる。種子は目を出し、花を咲かせて、いずれ実を付ける。

 中にはゼネコン業界のように、訪問した回数を評価している業界もないではないが、名刺の厚さを測るなどは論外である。名刺の厚さで注文が左右されるというこの業界では、相手がいようがいまいが、訪問の都度、購買担当者の机の上に名刺を置いてくることが慣行になっているらしいが、例外である。


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