五月、強くなり始めた陽の光の中で、さつきの花が夏の訪れを告げるように暑苦しく咲き乱れる。六月、しとど降る梅雨雨(つゆさめ)の中で、鎌倉の明月院や東慶寺の紫陽花(あじさい)が五色に色合いを変えると、湘南海岸に色とりどりのパラソルと水着が、浜辺の白砂を隙間なく埋め尽くす夏がやって来る。
「湘南」という名前を全国的に有名にしたのは、現東京都知事の石原慎太郎氏である。むしろ今の若者には「湘南サウンド」の方が身近に感じるかもしれないが、40数年前、芥川賞を受賞した「太陽の季節」が日活で映画化され、弟の石原裕次郎氏が主演したことで「太陽族」と「湘南」が一躍有名になった。湘南サウンドは、ブルージーンズの鹿内孝を筆頭としてランチャーズの加山雄三、ヴィレッジシンガーズの加瀬邦彦、サザンオールスターズの桑田佳祐、その他大勢のミュージシャンへと連綿と引き継がれて来ている「太陽と海のサウンド」である。
しかし「湘南」という地名はない。地域を意味する総称で、西は小田原から東は横須賀市の一部までの海岸地区を指し、太平洋ベルトのその海岸線は長く白浜は広い。距離にして延々40km以上もある。爽やかな海風に誘われて砂浜に座れば、強い陽射しに湘南を実感する。何処までも続く長大な海浜沿いの国道134号線は、相模湾と富士山の眺望も愉しめ、潮風を受けて走る最高のドライブコースである。夕方の爽やかな海風に撫でられながら、夕焼けに染まる海を眺めるのも一興である。
東は、三浦半島の裾の長者ヶ崎海岸から、「太陽の季節」で有名になった葉山海岸、森友一色海岸、逗子海岸、日本最初の海水浴場である鎌倉材木座海岸、由比ヶ浜海岸、毛蟹のいる稲村ヶ崎、寄せる白波が美しい七里ヶ浜の長い海岸、鵠沼海岸、艶やかな弁天様を祀った江ノ島神社のある江ノ島、江ノ島ヨットハーバー、江ノ島海岸、サーフィン族が訪れる辻堂海岸、茅ヶ崎海岸、フロリダのロングビーチをもじった大磯ロングビーチ、真鶴海岸…と、伊豆半島の入り口まで数知れない程の海水浴場やヨットハーバーがある。
波形が壊れずにそのままの形のまま浜辺まで寄せて来る真っ白い高波は絶好のサーフィン波で、昔から沢山の海好きの若者を育てた海である。深い群青色の海にキラキラと輝く太平洋の白波が静かに寄せる光景は見事に美しい。夕方になると、夕陽を受けて海面が黄金色に輝き、見る者を圧倒し飽きを感じさせない。
以前、葉山海水浴場の脇には宮内庁の葉山御用邸があった。昭和天皇が海の生物を研究されていたところである。30年くらい前、民宿のお婆さんが「御用邸の料理場に勤めていた頃、天皇様に差し上げたんですよ」と言って、カボチャ料理を食卓に出してくれたことがある。見るからに上品な天婦羅であっさりとして美味だった。葉山というところはあちこちに「天皇のご料理人」がおり、田舎の猟師町にしては珍しく上品でガサツなところが殆どない。ハイカラと気位の高さが言葉使いや家並みに現れている町である。
JRや京浜急行や小田急で一時間半くらいで東京の喧騒から逃れて行ける、まさに太陽と海のリゾートである。江ノ島のある藤沢から窓外に海辺の風景を楽しみながら、まるで人家の庭先を削るようにして湘南海岸縁を走る「江ノ電」の電車の旅も心地よい。ガタゴトと、のんびり30分ほど乗っていると、鎌倉幕府のあった鎌倉に到着する。終着駅は鎌倉彫りと寺社の街である。
梅雨の開けやらぬ六月の下旬に海開きがあり、七、八月には夜空に花火が煌めき乱れる。八月のお盆を過ぎるとクラゲが波間にゆらゆらと揺らぎ始め、クラゲの出現を境に浜辺からは見る見る人影が減る。そして、夕陽を受けてキラキラと黄白色に輝く静かな秋の海を迎える。