千代田区二番町、日テレ通りの「トレビの泉」皇居の半蔵門から、新宿に向かう新宿通りを西へ暫く歩くと、麹町(こうじまち)の交叉点に出る。角に富士銀行のある変則形の交叉点である。その角を右へ折れて、緩やかな坂を北方へ下ると、右側に暖簾に墨書きで「う」と染め抜いた鰻屋さんがある。表には値段の表示もなく見るからに高そうな店構えで、一見さんには入り辛い風情の漂っているが、待っている人を見ると若いOLもいる。意を決して這入ってみたら手頃な価格であった。
この道を更に北の方へ歩いて行くと、両側に小奇麗な店構えの焼肉屋、「越後屋」という昔ながらの蕎麦屋、神戸牛ステーキ専門の「神戸屋」、予約しないと入れて呉れない津村順天堂の地下の高級フランス料理店、出前をしない「よしだや」という旨い鮨屋、タレントや俳優さんが入り浸っている広い喫茶店、イタリア料理店、活き魚料理と鰻の「作古」、インド人経営のメチャメチャに辛いインドカレーの専門店、市谷駅から南に下った所の交叉点にあるボリューム満点の餃子の美味いラーメン屋さん……。一本道をゆっくり歩いて十数分、小さな街にもかかわらず個性豊かな専門店の多い街である。そして、靖国通りにぶつかり、中央線の市谷駅に出る。
昔は高級お屋敷街で何も無い街であったが、日本テレビが新宿から引っ越して来てから若者たちが集まり始め、少しづつ賑やかになった。そして、いつの頃からか「日テレ通り」と呼ばれるようになり若者たちの溜り場のようになった。フジテレビが曙町に引っ越したとき、「テレビ局が来ると、街が栄える」という話を聞いたことがあるが、本当にその通りになった。しかし、この日テレ通りから一歩中へ入ると、昔ながらの閑静な高級住宅街である。狭い通りの両側には高い塀に囲まれた豪邸が並び、人影も殆ど無い寂しい街並みとなる。
この界隈は半蔵門から歩いて5分ばかりのところで、江戸時代は旗本屋敷の街で、上野下谷の町奴、幡髄院長兵衛を殺害した旗本奴の暴れん坊、水野十郎左衛門もこの街に住んでいたようである。また、忍者ハットリクンのモデルの服部半蔵の屋敷はお濠端にあった。現在は、一番町から六番町まであるが、昔、番町と言った所で、両手をダラリと下げて「うらめぇ〜しゃ」と、夜毎現れる「お菊さん」の亡霊で有名な岡本綺堂の傑作講談「番町皿屋敷」の舞台となった街でもある。「お岩さん」で有名な「四谷怪談」の四谷は隣町である。
この通りの中程に日本テレビがある。「トレビの泉」は、日本テレビ本館の裏、別館の一階にある。玄関の脇には小さな泉水が作ってあり、これが「トレビの泉」という店名の由来かな、と思わせる。しかし、外観と名前から想像するほどには気取ってない店である。店内は広く、白いテーブルクロスを掛けただけの4人掛けや6人掛けのテーブルが並んでいる。
ごく在り来たりの洋食レストランという風情の店であるが、コーヒーだけでもよい。長時間いても嫌な顔ひとつされない。バックグラウンドミュージックの音量も適当で、なかなか静かでゆったりとしていて気持ちがよい。食事をしながら打ち合わせるには持って来いの店で、日本テレビの社員や日テレ出入りの誰かが必ず打ち合わせに使っている。
日テレ通りから20mほど中へ入る所為か、一般の人達にはまだ余り知られていないようで、都心の穴場である。時には、俳優さんやタレントさん達も利用しているらしい。
ローマのトレビの泉には、「後ろ向きにコインを投げ入れると、再びローマに戻って来れる」という言い伝えがあるそうだが、この店も、一度来たお客さんが再び来てくれることを願って、こんな名前を付けたのかも知れない。ロマンを感じさせてくれるいい名前である。