以久遠氏 Beauty,Business & Favorites    VOL. 32    2001.7.15号 [ 毎月15日更新 since 1998.12.15]

井伊直弼「茶湯一会集」より     一期一会 

 彦根藩主で徳川幕閣の大老井伊直弼は、幕末、桜田門外において水戸浪士に暗殺されたことで有名であるが、茶の湯にも造詣が深かったことでもよく知られている。彼は、茶の湯の極意を茶の湯一会集(ちゃのゆいちえしゅう)の中で次の通り述べている。現在の茶道においても一期一会(いちごいちえ)というもてなしの精神を原点とする人間の生き様は変わらず大切にされている。この、一会という瞬間を客と主の関係の中で自らを厳しく律する生き方は、現代のような価値観の激しく変転する時代においてこそ、改めて見直されるべき人生哲学あるいは処世哲学とも言えるものではなかろうか。

   ”この書は、茶湯一会(ちゃのゆいちえ)の始終と、主客の心得を詳しくあらわすなり。故に題号を一会集(いちえしゅう)と言う。

    猶(なお)、一会に深き主意あり。

    そもそも茶の湯の交会は一期一会(いちごいちえ)と言いて、たとえば幾度同じ主客と交会するとも、今日の会に再びかえら

    ざる事を思えば、実に我が一世一度の会なり。

    去るにより主人は万事に心を配り、聊(いささか)も粗末なきよう、深切(しんせつ)、実意を尽くし、客にもこの会に又逢い難

    きことをわきまえ、亭主の趣向は一つも疎(おろそ)かならぬを感心し、実意を以て交わるべきなり。これを一期一会と

    いう。かならずかならず、主客とも、等閑(とうかん)には一服をも催すまじき筈のこと。即ち一会集の極意なり。

    …主客とも、余情(よじょう)残心(ざんしん)を催し退出の挨拶終れば、客も露地を出るに、高声に咄(はな)さず、静かにあとを見

    返り出で行けば、亭主は猶更(なおさら)のこと、客の見えざるまでも見送るなり。

    さて、中潜(なかくぐ)り、猿戸(さるど)、その外、戸障子など、早々〆立て(しめたて)などいたすは、不興千万(ふきょうせんばん)。一日

    の饗応(きょうおう)も無になる事なれば、決して客の帰路見えずとも、取り片付け急ぐ可からず。如何にも、心静かに茶席

    に立ち戻り、この時、にじり口より這入り、炉前に独座して 「今暫く、お咄(はな)しもあるべきに。もはや何方(いずこ)

    で参らるべきや」 と、今日、一期一会、済みて、再び返らざる事を観念し、或いは独服(どくふく)をも致すこと。これ一

    会、極意の習なり。このとき寂寞(じゃくまく)として打ち語ろうものとては、釜一口のみにして外に物なし。誠に自得せざ

    れば、至り難き境界(きょうがい)なり。……”

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