以久遠氏 Beauty,Business & Favorites  旅紀行  VOL. 32 / 2001.7.15号

都内の由緒ある公園散歩

安達太良山遠望

 東北から上京して「東京には空が無い」と慨嘆し、東京を捨てて再び東北に戻った長沼智恵子(高村光太郎の妻で画家)が評したように、確かに1000万人以上が住む東京には所狭しとばかりに高層ビルが林立している。住宅街を歩いていても木造家屋はめっきり減って、目に付くのはマンションばかりである。智恵子が思い浮かべる「空」というのは故郷の安達太良(あだたら)山の上の碧く綺麗に澄んだ空で、空の広さを言っているのではないが、マンションに遮(さえぎ)られた東京の空は更に狭(せば)まった。

 しかも、失われたものは空だけでなく、庭木のある家も減り「緑の無い街」となった。偶に緑があっても、鉢植えのような可愛らしい木々ばかりで、屋根に覆い被さるような庭木は滅多に見かけることはない。しかし、東京23区の地図を開いて見てみると、意外と緑地がある。立派な公園や緑地があちこちにあるのである。むしろ、他の大都市に比べると東京は遥かに緑が多い街であることに驚かされる。

 都心の真っ只中、東京駅の真ん前には鬱蒼(うっそう)と繁った皇居があり、皇居の直ぐ隣には、カレーライスで有名な松本楼のある日比谷公園がある。北には、後楽園球場の隣に旧水戸藩中屋敷跡の小石川後楽園がある。さして広くはないが、と言っても二万三千坪くらいの広さがあるから広大だが、都心とは思えない幽谷感漂う閑静な公園で、水戸にある光圀公の隠居所西山荘(せいざんそう)を偲ばせる野性味豊かな公園である。山あり谷ありの回遊式庭園で、4月になると大泉水の前の枝垂桜が見事なピンク色の花を咲かせる。

 更に北へ行くと、公園ではないが、昭和天皇の墓所がある護国寺の北にホテル椿山荘(ちんざんそう)がある。明治の元勲山県有朋の屋敷跡である。その東には、旧加賀藩前田邸の跡地である東京大学の広大な緑地がある。殆ど隣接して、徳川家の廟所である上野寛永寺があり、犬を連れた散歩姿の西郷隆盛像で有名な上野公園がある。

 もっと北へ行けば、春になると花見で賑わう飛鳥山(あすかやま)公園がある。飛鳥山まで来れば、ちょっと足を延ばして「名主の滝公園」と「旧古河庭園」は是非行きたい。名主の滝公園では鬱蒼とした森の中に都内には珍しい滝が見られる。小さな滝だが、暫し見とれてしまうくらいの見栄えはある。旧古河庭園は明治の元勲陸奥宗光の屋敷跡を古河財閥が購入した古河家の跡であるが、一万坪くらいの敷地の高台に明治末期に建てられた洋館が和風庭園と洋風庭園を見下ろすように設計されており、バラ園も見事だが、その景観は見事にバランスが取れている。

 四谷から赤坂にかけては、非公開地ではあるが、東宮御所や赤坂離宮の緑地がある。赤坂離宮正門前の風景はエキゾチックで英国調の香りがする。右手の森の中には、学習院初等科の古びた建物がひっそりと佇むように建っている。正門の脇に緊張顔の皇宮警察官の立ち姿が近寄り難い。青山通りを西へ行くと、青山墓地から明治神宮の広大な人工林がある。原宿の北の新宿には、新宿御苑があり、青梅街道を西へ行くと三鷹には湧水の綺麗な井の頭公園がある。

 南には、新橋と浜松町の間に東京湾の海水を池に取り入れた浜離宮公園が海に浮かぶようにしてある。しかし、浜離宮の緑も周辺の高層ビルに圧倒され目立たなくなった。その西の小高い山が高山彦九郎が馬に騎乗して石の階段を登ったと言われている愛宕(あたご)山である。以前、NHKの愛宕山放送センターのあった所で、今もその石段は残っている。昔は頂上の広場に茶店があったが、今はもうないかも知れない。

 その西の麻布には、有栖川宮家の跡地が公園になっている。都内有数の図書館がある。園内の池には何が釣れるのか、静かに釣り糸を垂れている人もいる。更に南の目黒には、山手線の目黒駅から東へ歩いて10分くらいのところに白金長者の屋敷跡と言われている目黒自然教育園がある。

 一歩中へ入ると、国木田独歩の「武蔵野」の世界が現れる。園内の湧水池の周りには自然林が鬱蒼と繁り、都会の喧騒が一瞬の内に掻き消えて静寂を感じる。目黒通りを挟んで直ぐ近くに、一心太助で有名な大久保彦左衛門の屋敷跡がある。現在は結婚式場として有名な料亭「八芳園」となっている。

 江戸から明治、大正、昭和と埋め立てが続いた東部地域は、江東区清澄の清澄庭園と有明の埋め立て公園があるくらいで、大半は細切れの掘割地で下町となっている。緑地は神社仏閣と最近開発された埋立地以外には殆ど見られない。

 こうして見てみると、23区のあちこちに緑豊かな公園が皇居を中心にして円弧状に広大な緑地が点々と存在しているのである。大名や宮家の屋敷跡は広大で、明治の元勲たちの屋敷になっていた所も多く、近世には財閥や実業家たちの屋敷となっていた所である。港区、中央区、千代田区、目黒区、渋谷区、北区などには広大な、と言っても数千坪規模ではあるが、江戸時代の参勤交代制によって諸国の大名の上屋敷、中屋敷、下屋敷があった。その跡地の多くが公園となっている。建物も江戸時代のものが残っていたり、大正時代の洋館造りがあったり、茶室があったり、また、庭も和風洋風ありで、文化遺産的な香りのするところも多い。

 東京は、地形的にも丘陵地と平地が混在して谷の多い地形をしているので、庭園師が設計し易いのだろう。築山も池も往時の武蔵野の自然が実に上手く写し出されている。しかも、それぞれに由緒のある公園が多いので、歴史の好きな人には歴史探訪の楽しみもある。


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