
東京から国道4号線を埼玉県浦和市に向かって下ると、道路脇の電柱一本一本に「小島屋↑」と矢印を書き入れた小さな看板が目に付くようになる。電柱の「↑」が延々と続く。恐らく15本か20本の電柱に看板が出ているだろう。看板を見ながらかなり走ってから矢印が「←」に変わる。この店が、鰻の蒲焼では知る人ぞ知る店である。
矢印に従って国道から西へ折れる。車二台がやっとすれ違えるくらいの左程広くない道路を再び暫く走ると、水の無い異様に大きな空池の畔(ほとり)に出る。突然、昔の埼玉が蘇って来たような素朴さを感じる。恐らく、昔は満々と水を湛(たた)えた池で、この池の鰻を料理していたのだろうと思うが、現在は空池の周りには住宅やマンションが建ち並び、水の無い池は周囲の景観とは不釣合いの異様な窪地にしか見えない。
その空池の畔に鰻の蒲焼で有名な「小島屋」がある。1000坪以上はあるように見える広大な敷地の平屋作りの店で、一度に150人か200人くらい入れそうな規模である。鰻の蒲焼の専門店で、こんな大きな店にはお目に掛かったことがない。一見して、如何にも埼玉の田舎家風の垢抜けない店構えであるが、広大な駐車場には埼玉ナンバーの車より東京ナンバーの車の方が多いくらいである。知る人ぞ知る、所以である。
小島屋を教えてくれたのは、以前、勤務していた会社の支店長である。10年以上も前の話で恐縮だが、銀行出身の支店長と埼玉県の大宮市に車で出向いていた時のこと、丁度、お昼時であったので、ふっと思い出されたのだろう。
「鰻は好きかい?浦和に美味い蒲焼屋さんがあるんだが、行ってみるかい?」
という出来事が切っ掛けで昼食に訪れたのが最初である。10人か15人くらい座れる椅子席と、同じくらい座れる囲炉裏席と、20畳くらいの和室が三部屋くらいある。その後、埼玉の営業所を訪問したときに所長と数度訪れたが、いつも満員盛況であった。
昼時は「うな丼」と「うな重」と「蒲焼」だけの店だったが、注文を受けてから蒲焼を焼いているのか、待ち草臥(くたび)れるくらい待たされる。しかし、お客さんたちは馴れているのか、ゆったりと寛いで誰一人文句を言う人もいない。従って、早めに出ても、事務所に戻ると必ず遅刻である。
私たちは「蒲焼」を食べたが、皿からはみ出すようなビックリするほど大きいのが二枚付いていた。蒸さずに焼いたものだが、身が締まっていて蒲焼特有の香ばしい臭いが得も言えない妙味である。味噌汁と漬物が付いて、値段は1800円、2300円、2800円の三種類だったと思う。私たちが食べたのは2300円の蒲焼だったが、値段以上の味だった。やはり、東京からわざわざ車を走らせて訪れるだけの価値がある店であると納得した。