以久遠氏 Beauty, Business & Favorites   ビジネス   VOL. 35 / 2001.10.15号

経営管理人材育成 

 最近の経営者の言動を見ていると、「この人は本当に経営者なのか?」と不審に感じることがしばしばある。上場会社クラスの役員に接していてもそう感じることが多々ある。当たり前な事だが、経営者が行なわなければならないのは経営である。にもかかわらず、経営と管理を混同しているとしか思えないケースを度々見掛ける。

 あるいは、管理者意識から抜け出せないでいるとしか思えない経営者をしばしば目にする。本人に経営意識が欠落している場合は論外だが、経営者の年齢が若年化したために管理者がそのまま経営者になった結果、管理者との違いを理解していない人が増えているのではないかと思う。

 管理というものにどんなものがあるかを考えて見たい。品質、生産、販売、購買、労務といった業務は管理項目で、開発や財務や管理などは経営における戦略項目である。従って、経営者の資格は、これらの戦略項目の企画実践が出来る能力を有することが条件となる筈である。しかし、現代の大半の企業においては、大抵の経営者が管理者から成り上がっている。そのために、サラリーマン意識が抜けないのはある面仕方がないと言えるかも知れないが、案外、従業員の中から管理職に抜擢するときに既に過ちを犯しているのではないかという気がする。

 無意識のうちに、管理の巧い下手だけで経営候補者の資質を判断してしまっている恐れもないとは言えないだろう。ハウツーの上手い人というのは確かに使う側から見れば非常に便利で重宝(ちょうほう)だが、知識というものは脳の中の引き出しの中に仕舞ってある単なる財産に過ぎない。知識があるから経営者適格だと早合点してはならない。経営とは行動であり、行動とは決断である。決断とは考えることである。

 ビジネスにおいては、考えて実行することによってはじめて知識が血となり肉となる。現実には管理の巧い経営者も多数いるが、管理は巧いが経営は駄目という経営者もいることを見落としているところに大きな問題がある。経営は駄目だが管理は巧いという人は、やはり管理者のまま置くのが本人にとっても他人から見ても幸せであろう。知識と経営は別物であることを知らねばならない。

 この原因は、人の育て方の変化にもあるのではないかと思っている。最近の部下育成方法といえば、勉強会もハウツーばかりで、覚えなければならないことは山ほどあるが、考える機会は、本人の自覚の問題ではあるが、格段に減っていることは事実である。知識ばかりを要求し、考えることを要求しなくなったことが大きな原因である。昔の経営者は、「俺の背中を見て覚えろ」と言う人が多かった。いわゆる、1対1の「鞄持ち」教育法である。「鞄持ち」は、先輩の背中を見ながら随いて歩くことになるので、いやでも「背中を見て学ぶ」ことになり、理に適っていると言えば言えるが…。

 しかし、「背中を見て勉強する」という方法は時間がかかるので、知識として教えた方が手っ取り早い。そういう意味では、現在の教育法は合理的であると言えないこともないが、これでは記憶力の優れた者の方が優秀ということになり、前述した過ちに陥ることになる。昔、鮎川義介という日産コンツェルンを創設したユニークな経営者がいたが、彼は日本産産業株式会社の自動車部門を日産自動車梶A鉱業部門を日本鉱業梶A水産部門を日本水産(現ニッスイ)、日本冷蔵(現ニチレイ)、化学肥料部門を日産化学梶Aゴム部門を日本産業ゴム(旧日産農林工業:現兼松日産農林)、機械部門を鞄立製作所、造船部門を日立造船梶A油脂部門を日本油脂鰍ニいうようにアメーバの如く独立させてコンツェルンを構築して行った。

 このときの企業分割分離の彼の方針がユニークである。それは、「日本産業株式会社では経営者を育てる。社長が務まる人材が育ったら、事業部門を分離して新会社を発足させる」という考え方である。会社よりも先ず「人」ありき、という考えである。実業家である鮎川の面目を躍如させる。現代の経営者への警鐘となるのではなかろうか。

 現在は、管理者を育てることには一所懸命であるが、経営の適任者は不在でも新会社を発足させる、という考えが横行しているように感じる。「企業は人なり」とよく言われるが、そうであれば、「先ず、企業ありき」という発想ではなく、やはり原点に立ち返って「先ず、人ありき」という思想でなければ、わが国には本当の経営者は育たないのではないだろうか、という気がする。


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