以久遠氏Beauty, Business & Favorites      旅紀行    VOL. 36 / 2001.11.15号

   京都東山、東福寺紅葉

 京都に紅葉の季節がやって来た。京都の紅葉と言えば、右京区の山地、国道162号線(周山街道)を山の方へ登ったところにある高雄の神護寺が全国的に有名であるが、私は東山連峰山麓の東福寺の緋色に燃えるように輝く紅葉を第一位に挙げる。午後の陽を受けて燃えるような真っ赤な紅葉の中に新緑のような楓の緑葉の混じる光景は、見る者に鮮烈な感動を与え、紅葉に対するこれまでの認識を一瞬のうちに一変させる。

 高尾の神護寺は京都駅から一日行程の地であるが、東福寺は京都駅から目と鼻の近隣地である。京都駅から奈良線に乗り換えて一駅の東福寺駅から訪れるのもよいし、あるいは八条口からタクシーを10分ほど走らせて訪れてもよい。これほど見事な紅葉を、京都の多くの友人たちが何故に知らないのか意外に思うが、多分、ここの紅葉は間違いなく日本でも三指に入るだろう。

 いずれにしても京都訪問の際、2時間ばかりの時間が割ければ楽に訪れることができるという手軽さが素晴らしい。案外、余りの手軽さの故に地元の人たちには却って忘れられているようで、知る人ぞ知る紅葉の名所となっているようである。不思議なことに年々(としどし)の寒暖に関係なく、毎年決まって11月20日から27日の一週間が一番の見頃である。従って、この限られた一週間は東福寺の紅葉ファンが殺到し、寺院の境内は芋を洗うような大混雑となる。そして、その一週間が終わると、まるで潮が引くように観光客は疎らになり、禅宗寺院に静寂が戻って来る。

 東福寺は禅宗臨済宗の大本山である。19年の長い歳月を掛けて1255年に完成したが、1319年、1334年、1336年の三度にわたって火災に遭い僧堂などが消失するという不運なお寺で、近年では1881年(明治14年12月)にも大火災に遭っている。現在の建物は、1890年明治23年)に方丈、1910年(明治43年)に庫裏、1934年(昭和9年)に本堂が再建されたものである。東福寺はかっては京都最大の大伽藍を有した寺院で、日本最古の三門は国宝に指定されている。

 東大路通りを真っ直ぐ下って来て、西へ折れて九条通りに入るところが東福寺の境内の北端である。京阪線またはJR奈良線の東福寺駅から歩いても数分の至便の地で、住宅の立ち並ぶ本町通りの住宅地から中門通りに入り、臥雲通りを横切って日下門に入る。日下門を入ると、正面に立派な建物が見えて来る。台湾の阿里山檜造りの本堂である。白い玉石が敷き詰められた広い前庭にすっくと建っている。日下門の直ぐ右側に、1347年に建立された日本最古の禅堂がひっそりとした風情で建っているが、本堂の印象が強過ぎて気付かずに通り過ぎてしまいがちである。

 その本堂から、通天橋という3階建てくらいの高さの頑丈な木組みの長い廊下が北方の開山堂へと伸びている。ゆったりと広い歩廊である。通天橋の入り口で拝観料を払って歩廊に上ると、それまで全く見えなかった真っ赤な紅葉の頂が突然前方に見えて来る。眼下の紅葉と京都の遠望を楽しみながらの気分のいい散策コースである。

 更にのんびり歩いて行くと、右側に1890年(明治23年)に建立された方丈と方丈庭園が見えて来る。龍安寺の石庭に似た石の庭園である。庭園の乾いた感じが如何にも禅寺風情を感じさせてくれる。更に歩くと、洗玉澗(せんぎょくかん)と呼ばれる小さな渓谷の上に出る。深さ3m〜5m位の渓谷の底には澄んだ渓流がサラサラと流れ、その日は雲一つない日本晴れであったが、昼なお暗く、山間の渓谷そのものであった。

 その渓谷の上に一際広い通天橋の展望室がある。紅葉見物のお客さんたちは展望室に着くと必ず足を留める。従って、展望室は身動き出来ないほどに人が溢れる。下界を見下ろすように楽しめるこの展望室からの燃えるような紅葉の眺めは一見の価値がある。得も言えぬくらい素晴らしい。この渓谷の両脇は楓の木が沢山植えられた楓の庭園となっており、通天橋のあたりは中国産原産の三葉楓の木が見事な紅葉を見せている。

 しかし、通天橋を渡り終えて洗玉澗溪の両岸に降りてから見る光景の方が見事である。見事に鮮やかな赤色が紺碧の澄んだ秋空に映え、燃え立つような真っ赤な紅葉越しに紺碧の空に浮かぶように佇む通天橋は絶景としか言いようがない。また、紅葉の木々間の所々に植えられた緑葉の楓が色を添えているのも興趣がある。この洗玉澗溪の両河岸の紅葉が11月20日から見頃となるのである。東福寺の紅葉は秋晴れの日に見物するのがよい。


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