以久遠氏の Beauty,Business & Favorites      食紀行      VOL. 38 / 2002.01.15

盛岡、鰻の一本焼き「うな竹」    

 昨年の年末、青森から秋田への移動の途中、岩手県の盛岡市を訪れた。青森は20数年ぶりの大雪で40cmほどの積雪であったが、盛岡市もその日は昨日から降り始めた雪が降り止まず街中に積もり始め、国道4号線は道路の脇に雪の塊が出来て根雪になりそうな気配であった。久し振りに盛岡市に泊まることになったので、夕食は予てから盛岡に泊まったら訪れてみたいと考えていた厨川(くりやがわ)駅の傍の「初音鮨」で食べることにした。

 初音鮨は、私が盛岡の厨川にあった工場に単身赴任していた頃に何度か訪れたことがある。「カマ肉」という絶妙の大トロが超美味の店である。久し振りに初音鮨特製の「カマ肉」の握り鮨を食べたいと思い、厨川駅の傍の初音鮨のあった場所を訪れてみると、そこには割烹風の和食の店があった。「確かにこの辺りだった筈だが?」。行ったり、来たり…、二度ほど往復したが、探せども探せども見つからない。時間だけがどんどん過ぎて、時計の針は20時を廻ろうとしていた。初音鮨は引っ越したのだろうか?

 お腹も我慢できないくらい空いて来たので、引かれる思いを断ち切って初音鮨を探すのは諦めた。適当な店はないかと4号線を下りながら車の中から左右を見ながら走っていると、厨川駅の南の程遠くないあたりで左側に「鰻・寿司 うな竹」と書いた素朴な看板が目に入った。「あそこにしよう!」と隣で運転しているK君に告げたときには車は一瞬のうちに通り過ぎていた。

 Uターンして、玄関脇の狭い駐車場に入った。遠目にはそれほど高級な店には見えなかったが、車を降りてあらためて見直すと、店構えはいっぱしの料亭風であった。しかし、入り口脇にはショーウィンドウがあり、その中には料理のサンプルが並んでいた。高級料亭で料理サンプルを並べている店はお目に掛かったことがない。それに、値段も出ていない。店構えと不釣合いな場違いのショーウィンドウに不思議な気がした。

 初めてのお客さんにはちょっと入り辛い店である。「ひょっとしたら、案外、高い店かもしれないな」、躊躇心が頭をもたげた。入ろうか、他の店を探そうか。「どうする?」。K君と思案する。しかし、お腹はどうにも我慢が出来ないくらい空いている。仕方がない、ここで食べよう。肚(はら)を決めて、恐る恐る玄関の引き戸を開けて足を踏み入れた。左側にオープンの和座敷があり、お客さんが一組だけいた。余り流行っていない店のようである。奥の方では太った板前さんが所在無げにしていた。

 入り口近くに、水商売には見えない地味な女将さん風の人が素っ立っていて、静かな愛想のない声で「いらっしゃいませ」と迎えてくれた。ちょっと暗い。どうしよう、ボラれるかも知れない。肚(はら)を決めていたつもりだったが、やっぱり値段を聞いてしまった。

   「夕食を食べたいんですけど、いくら位からありますか?

   「高くありませんよ

 やっぱり、愛想のない無表情の返事である。女将さんが持参したメニューを見ると、高いどころか、むしろびっくりするぐらい安い。鰻の蒲焼が本職のようであるが、寿司もあれば天ぷらもある。危惧したような高級料亭ではなかったらしい。心も安らぎ、気持ちも落ち着いて訊いてみた。

   「お勧め品は何ですか?

   「うなぎの『一本焼き』が、うちの自慢です

という答えが返って来た。メニューを見ると、「3500円」に×印が付いて、その脇に「2000円」と訂正してある。何で1500円も値下げしてあるのか不思議だったが、理由までは聞かず、女将さんに勧められるままに注文した。暫くすると、丸々鰻一匹の蒲焼が、魚の形をしたお皿に載って出て来た。面白いお皿である。魚の鼻先が曲がっているお皿で、まるで出来損ないような不恰好な形をしている。しかも、そのお皿には稚拙な墨字ながら「うな竹」と店名が焼き込まれた念の入ったものである。

   「このお皿は、何という魚ですか?

   「鼻曲がり鮭をお皿にしたものですよ

 秋になると、「鼻曲がり鮭」が盛岡市の中心部を流れる中津川まで上って来る。その盛岡特産の鼻曲がり鮭を形取ったものだった。道理で、鼻先が曲がっていて不恰好な訳である。そのお皿から「鰻の一本焼き」の尻尾(しっぽ)がはみ出していた。正真正銘の一本焼きである。

 「うなぎ一本焼き」という蒲焼はなかなか美味かった。「うなぎ一本焼き」というのは、うなぎ一匹をそのまま開いたものを蒲焼にしたもので、頭から尻尾まで付いている。長さが22〜23cmもあり、ボリュームたっぷりで食べごたえがある。3500円という値段では食べる人が少ないかも知れないが、2000円ならむしろ安過ぎる。それに、イクラの大根おろしの和え物が添えてあったが、このイクラが新鮮で、プチプチと心地よい歯応えで見事に美味であった。

 隣のお客さんが帰って、我々だけになったせいだろうか、女将さんが席へやって来て気安く我々と喋ってくれた。先般から気になっていた同じ厨川駅の傍の「初音鮨」を探しに行った話をすると、女将さんも初音鮨のことをご存知であった。やはり、初音の鮨は美味で有名だったそうである。しかし、女将さんの話では、初音鮨は7、8年前に廃業したらしい。廃業の理由を聞いてみたが、女将さんは口を濁し、教えてもらえなかった。

 「うな竹」は、うなぎと寿司と天婦羅のやや高級な店である。直ぐ近くに支店があるが、本店には駐車場もあり便利である。開業してから22,3年になるらしいので、私が盛岡工場を離れた一年後くらいにに開店したことになる。女将さんは40代後半だと思われるが、痩せ型なので一見若く見える。

 しかし、一重まぶたで唇が薄く、何となく寂しそうな感じが漂っていて、一見冷たい感じがする。ところが、初音鮨の話をした途端、表情が和らぎ、優しい女性であることが分かった。それに引き換え、奥の鮨コーナーの前にいた所在無げな板前のオジサンは、我々の会話が聞こえているのか聞こえてないのか、相も変わらず全く愛想がなかった。


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