以久遠氏の Beauty,Business & Favorites    ビジネス講話   VOL-03/1999.01.15

虚栄心は他人を鏡として使用し、     

    利己心は他人を道具として使用する

( テンニエス「ゲマインシャフトとゲゼルシャフト」より)

 見栄っ張りの人は、自分が他人の目にどのように映っているか、あるいは自分を他人にどのように映させるか、といったことを計算しながら、しかも覚られないように常に言動に気を遣っている。しかし、本人は覚られないように行動しているつもりであろうが、その行動は言動の端々に必ず現れている。

 例えば、妙に虚勢を張って強がったり権威を振りかざしてみたり、世間体や面子に異常な拘りを見せたり、虚飾と伊達に走ったりする。かと思えば、妙に目付きに落ち着きがなかったり、何かに脅えているように態度がおどおどしている。といったように注意深く観察していると、大抵、言動態度のどこかに出現しているものである。

 利己的な人は常に、何事にも自分に利益があるか否かを判断と行動の基準としている。そして次に、自分が利するためには他人を如何に動かしたらよいかということを考える。従って、結果として自分の利益のために他人を利用していることになる。この利己的行動は自己保身行動によく似ている。似ているというより、自己保身の行動そのものが利己心の発露なのである。

 利己心も行動態度面に必ず現れる。自分に利があると判断したとき目の色が変わり、それを得るためには人が変わったように行動的になる。しかし、それが自分に利がないと見るや、一瞬のうちに損をしないためにはどうすることが最も得であるかという判断をする。利があると判断していた時は第一線に立って自ら積極的に行動していたものが、利がないと見るや、後方へ下がってじっと出場を窺うような行動を取るのである。

 この点をテンニエスは実に上手い表現をしている。虚栄心は他人を鏡としているが、単に鏡としているだけで他人に害を与えないという意味では自己完結型で問題は少ない。しかし、利己心は他人を道具として利用するだけに、相手に精神的にあるいは実際の面で実害を与える可能性があるという点で極めて始末が悪いと言える。

 利己心というのは、目先の損得に絡んだものを対象としている。利益が自分にも返り、相手にも返るような場合は利己的行動とは言わない。従って、遠い将来のある時点で結果として利益が個人に返って来ても、それを評して利己的な行動であるとは言わない。利益が自分だけに返って来ることを予定した言動が利己的行動である。遠い将来の己の利害を絡めて利己心が起きることは少ない。遠い将来の事象は必然的に利益に至るまでの間に不確定要素が多くなり、己に利するか損するか判然としない。そのような曖昧な事柄に利己主義者は決して行動は起こさない。

 見栄っ張りも、利己心も、外面的には同じ現われ方をする。どちらも自分本意の思考であるという点で共通しており、他人の評判を異常なまでに気にする。虚栄心とは自分の本来の姿を秘して、意図的に偽りの姿を本当の姿のように見せようとする心である。利己心は常に自分の利だけを考えて他人に近づき、己の利益をのみ求めていることの姿を知られることを警戒する。利がないと見るや直ちに去るか一歩退く。そこには義侠心もなければ、恩義に報いる心もない。

 従って、その心理状態は、前述したような言動となって、必ず表面に現れ出る。偽りの姿を見破り、それを口にしようものなら、烈火の如く怒り出す。無意識のうちに、自らの保身に走るのである。大抵、相手を貶(けな)すことによって自らを正当化しようとする行動を採る。従って、そのような人には「男と男」という義侠的な論理も発生せず、「あの人のために一肌脱ごう」とか「意気に感じる」という人たちも現れない。孤独な人達である。


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