
東京と関西を行き来しながら、かれこれ、兵庫県の明石に6年ぐらい住んでいるが、明石名物のたこ焼き(明石では「たまご焼き」という)がどうしても好きになれない。関西の友人たちは「美味い、旨い」と言うが、私にはどうしても蛸の淡白な味と卵焼きの強い味が合うようには思えないのである。
昔、大阪の取引先にマージャンの好きな社長がいて、マージャンを始める前に必ず、道頓堀のたこ焼き屋で「たこ焼き(所謂、たまご焼き)」を食べるという人がいた。その店はそれ程大きな店ではなかったが、社長さんの言では、道頓堀では一番美味い店だということであった。社長さんがじきじきに案内してくれるほどの店なので、それなりに評判の店であった筈だが、その時も、私にはそんなに美味い食べ物という思いはしなかった。
社長さんは本当にたこ焼きが好きだった様子だったので断るのも悪く、いつも「話の種にはなるか」という程度の軽い気持ちでご馳走になっていた。一個か二個は、卵の焼き具合が程良い柔らかさで美味いと思うのだが、それ以上は食指が動かないのである。従って、卵焼きの本場である明石に6年も住んでいながら、未だに自分のお金で食べたことはないという有様である。たこ焼きが好きになれない限り、関西人にはなれないのではないかとも思っている。
それが何の因果か、転勤で「たこ焼き」の本場の明石に住むようになったので、赴任したその日に10年振りくらいに明石名物の「たまご焼き」を意を決して買って来て食べてみた。しかし、やっぱりそれほど美味いという思いはしなかった。そんなことを考えていたら、以前、関東のどこかのテレビの番組で「たこ焼き器」が話題になっていたことを思い出した。
その番組は、主に関西から関東へ転住した主婦たちを対象に、女性レポーターが「自宅にたこ焼き器を持っているか否か」という質問するアンケート調査であった。逆に、関東から大阪に転住した主婦たちにも同じアンケート調査を行なっていた。
アンケート結果は実に興味深いものだった。関西から関東へ転住した関西人の主婦たちは、ほぼ全員が家に「たこ焼き器」を所持していた。これには関東人の女性インタビュアーも驚いたと見え、不思議そうな表情をして「どうして持っているのですか?」と質問すると、「嫁入り道具に持って来ました」とか「関西人ですから…」という答えが返って来た。理由らしい理由がないところが「たこ焼き文化」を証明しているように感じた。関西人には、たこ焼きだけでなく、たこ焼き器自体が生活の一部として融け込んでいるのだろう。
九州出身者である我が家には、勿論のこと、たこ焼き器はない。私は4人兄弟であるが、誰一人として「たこ焼き」を話題にする者はいない。TV番組のインタビューを聞いていても、関東人の家には5%も持っていないようである。勿論、関西へ移住した人たちも85%以上の人たちが持っていなかった。インタビューを受けた関西から来たという若奥さんがこの事実を知ってびっくりしていた。彼女らには、たこ焼きのない生活というものは考えられないらしい。
「え〜!ウッソーッ!東京の人たちは、たこ焼きは食べはらんのですか〜?!」
目を丸くして、コテコテの関西弁で驚愕していた。口には出さないものの、「だから、東京の人たちは理解出来ないんだ!」というような表情を浮かべて驚愕していた姿が強烈に印象に残っている。
「所替われば品変わる」の類で、土地土地の生活様式や生活文化によって、当然、価値観も大きく異なる。数年前になるが、やはり滋賀の守山駅近くの蕎麦屋さんで、食後に蕎麦湯を頼んだことがある。ところが、
「えっ?蕎麦湯?何ですのん?それ?そんなもん、ありまへん」
「へぇ、蕎麦を茹でた湯ですか?茹で上がったら捨てますがな。東京の人はあんなもんを飲みはるんですか?」
という返事が返って来たのには驚いた。江戸っ子は、「蕎麦湯のない蕎麦屋」など蕎麦屋のうちに数えて呉れないだろう。やはり、「現場主義」ではないが、現地へ行って経験してみないと分からないことが沢山ある。たこ焼き器ほどには明白ではないかもしれないが、所替われば食物が変わる。食物変われば、人種が違うくらい人間も価値観も変わるのである。