以久遠氏の Beauty,Business & Favorites    巻頭   VOL. 40 / 2002.03.15 毎月15日更新 since 1998.12.15

毅 然  

 最近、毅然という言葉が聞かれなくなった。ということは、身の周りに毅然とした人がいなくなったのだろう。なよなよと定まらず、へらへらと意味のない薄ら笑いを浮かべている人々がやたらと増えた。せめて、外見だけでも毅然と見えるように振る舞えばと思うのだが、考えてみれば、今の若い人は「毅然」という人の生き様を現実に見たことがないのかも知れない。そのために「毅然」というものの具体的な姿をイメージできないのではないか。

 毅然の根幹を為すものは正義と哲学である。これに見識と気概が加わってはじめて毅然となる。毅然という言葉には、武士道という厳しい躾と美学の様式によって育まれた武士の香りがする。物事に動ぜず、信念を曲げず、頑(かたく)なに自尊心と社会正義を守ろうとする強い意思力を感じる。「武士は食わねど爪楊枝」というように、そこから自分自身の自尊心の為には清貧もやむを得ないという武士の美学が伝わって来る。

 明治生まれの人には毅然とした人が多かったが、21世紀になると明治人も殆どいない。昔は、街中を歩いていると、まるで「毅然」が歩いているような明治人をそこかしこに見掛けたものである。彼らはキョロキョロせず、唇を真一文字にキリリと結び、背筋をシャンと伸ばし、眼光炯炯(けいけい)として一心に前方を見つめて歩いていた。そのような明治人には古武士的風格と威厳があった。そして、身辺には、如何にも「何事に対しても毅然と立ち向かう気骨のある人」という雰囲気が漂っていた。

 江戸時代は遠く過ぎ、明治人もいなくなりつつある今、清貧では生きて行けない世の中になった所為かもしれないが、「毅然」という言葉が死語となりつつあるように感じるのは私だけではあるまい。寂しいことである。しかし、毅然とした人が全くいない訳ではない。日本古来の道(どう)を極める宗匠と呼ばれる人たちの中には毅然とした人たちがまだまだいる。

 「毅然」という言葉が消えるにつれて、商道徳も地に落ちて来たように思う。武士の精神と商人の知恵を兼ね備えよ、という意味の「士魂商才」という言葉があるが、不祥事の続く食品業界の人々は特にこの言葉をじっくりと噛みしめ見直して欲しいものである。最近、何事に対しても「長い物には巻かれろ」的な妥協と損得勘定的短絡型の発想や行動が目に余る。毅然という言葉を耳目(じもく)することがなくなったのは残念である。

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