以久遠氏 Beauty,Business & Favorites  ビジネス講話  VOL-04 / 1999.2.1号  

やる気   

 組織のモラールを高くするということは、一言で言えば、組織を「やる気まんまん」の集団にするということである。俗な表現をすれば「燃える集団」に作り変えることということになる。燃える集団とは、私流に言えば「野心家」の集団ということである。この「やる気」については剣豪宮本武蔵の言葉が分かりやすい。著書「五輪書」の中で、彼は「やる気」を「志」に関連付けて次のように述べている。

     「やる気」は、内に秘めた「志」がなければ決して起きない。志とは、目標に対して内に構えて秘かに思い詰めた心の

     状態をいう。従って、志とやる気は正比例の関係にあり、高い志からは大きな「やる気」が生まれ、低い志からは小

     さな「やる気」しか生まれない。

 上司が、部下に声を大にして「志を抱け」と唱えるだけで部下が志を抱いて呉れるのなら、こんな簡単なことはない。声高に命令すれば、確かに人は動く。しかし、個人の意識まで変わると思ったら大間違いである。意識の変わらない行動は本物ではない。単なる見せ掛けの行動に過ぎないのである。

 しかし、この見せ掛けの行動を誤解している人が如何に多いことか。というのは、これによく似たことが「研修会」という名の下に、毎日、日本の何処かで開かれていることを見ればよく分かる。何度も何度も、繰り返し繰り返し実施されているが、思ったほどの効果が挙がっていないのが実情である。

 何故、効果が現れないのだろうか?理由は実に簡単なところにある。効果が挙がらないのは、部下の心の中に「志」が生まれていないままに、上司だけが「やる気」を求めようとしているからに過ぎない。企業のトップがこれに気付いていない筈はないと思うが、中には研修会を契機として啓発される人もいないことはないので、それでよしとしているのかも知れない。しかし、これは教育部署の自己満足に過ぎず、また膨大な時間と多額の経費の無駄使いでしかない。

 個人の「やる気」を助長させるのが、研修会であり研修担当の部署でなければならない。効果を挙げるために一番重要なことは、個人に如何にして「志を内に秘めさせるか」ということである。自発的にあるいは主体性を持って、泉に湧く水のように志がふつふつと湧いて来るのでなければ本物ではない。湧いて来るまでに時間はかかるが、結論的には個人の意識が変わるまでじっと待つしかないのである。それでは、ただ、待っていなければならないのかと不満に思われる人が多いだろう。他に手立てはないのかという疑問を抱かれるのは当然である。 

 世の中にはトップが変わっただけで、モラールが一変するという事例が枚挙に暇がないほど数限りなくある。スポーツの世界、ビジネスの世界など組織のあるところに必ず見られる現象である。方針が大きく変わった訳でもないのに、ただトップに立つ人が変わったというだけで、それまでの覇気のない白けていたムードが雲散霧消し、一変して組織と個人にもくもくと不思議なくらいに熱気が湧いて来るのである。

 何故、こんなことが起こるのだろうか。それは個人の意識が変わったからに外ならない。意識が変わったから、行動に変化が生じたのである。トップに座った人の人格と識見が大きく作用しているのである。彼の価値観と日常の振る舞いが、個々人の心に畏敬の念を抱かせ、眠っていた使命感を目覚めさせたのである。それは、彼の言動の中から自分に無いものを学び盗ろうとする「共有・共感」という行動に現れるのである。

 こうなれば、目の輝きも変わって来るし、行動も自ずと変化する。個々人が無意識の内に啓発心を湧出させているのである。こればかりはHow-toで出来ることではない。こうして、個人個人の心の中に、自然発生的に自己到達意欲というか、自己実現意欲というか、野心というか、責任意識というか、使命感というか、そういった自己啓発的な欲望や夢が芽生えてくる。これが宮本武蔵のいう「内に秘めた志」の目覚めである。

 「内に秘めた志」が芽生えたら、自分の価値観だけで手折ったり摘み取らないようにしなければならない。個人の価値観を徹底的に認めてあげることが大事である。現代のような価値観の多様化の時代には、ひとつの価値観で組織や部下を統制してはいけない。これが「水を注す」ことになり、結果として「組織を殺す」ことになる。

 早く帰りたい人がいたら、帰してあげればよい。そのような人を長く居させても、作業能率や集中力が落ちるばかりで、とんでもない間違いをしでかすくらいが落ちである。接待が嫌な人がいたら、接待させなければよい。接待の嫌いな人に接待させれば、嫌々ながらという気持ちが自然と相手に伝わり、お客さんを不愉快にさせる。これでは折角の接待費は「死に金」と化すばかりで、むしろ接待しない方がましである。お金には「生き金」と「死に金」の二つがあり、それをどちらにするかは人間であることを知らなければならない。

 何事も「人、それぞれ」という認識をもって、個人の価値観や人生観をそのまま組織に受け入れ、そしてそれを生かすにはどうすればよいか、ということを考えなければならないのである。そうすることによってはじめて、個人の能力、即ち「内に秘めた志」を萎ませることなく膨らませることができる。経営とは忍耐と辛抱なのである。


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