以久遠氏の Beauty,Business & Favorites      旅紀行      VOL. 43 / 2002.06.15

「氷点」の街、旭川  

 今月、入梅の6月中旬、爽やかな季節の旭川の街を訪れた。関西地方は6月10日が入梅で日中の気温は30度前後まで上昇し、じとじとと汗ばむ関西から梅雨の無い北海道への旅は快適で爽やかな期待を抱かせた。伊丹空港から出発したが、「大阪−旭川」便は一便しかなく已む無く便の多い千歳空港へ飛ぶしかなかった。千歳から旭川までは電車の旅である。

 夕刻の千歳空港は気温12度くらいで肌寒さが残っていて、スーツが丁度良く爽快であった。20分ほど待てば新千歳空港駅から札幌を経由して旭川へ直行する電車もあったが、空港駅のホームで待つより夕闇が迫る前に車窓の風景を楽しもうと、30分おきに出ている小樽行きの快速特急電車に乗る。札幌までは快速で、札幌から小樽行きの特急になる。車窓から見える北海道の家は内地では見られない一種独特の形をしている。陸屋根の家、片流れの家、かまぼこ兵舎のような家、…。偶に、三階建てくらいの建物があるくらいで、殆どが平屋か二階建てである。

 その合間合間に、大空に吸い込まれるようにすっくと立つ北海道特有のポプラ並木の遠景が飛び込んで来る。ポプラ並木は如何にも「ようこそ、北海道」という感慨を新たにさせる。詩的なポプラ並木の遠景やユニークな形をした雪国特有の屋根を持った建物などの風景を40分ほど楽しむと札幌に着く。札幌で後から来た旭川行きの特急「スーパーホワイトアロー号」に乗り換えた。特急電車は先程通って来た新札幌駅まで一旦バックで戻り、そこから稚内・網走方面に分かれる。関西地区の車内案内は関西弁訛りが強いが、北海道の車内案内は訛りの無い綺麗な標準語であった。

 流石に北海道は広い。札幌の人たちは、「旭川は直ぐそこだよ」と言うが、札幌から旭川まで120kmくらいある。広大な北海道に住んでいると、距離に対する感覚も悠長になるのかも知れない。旭川は北海道最高峰の大雪山旭岳(2290m)の麓の上川盆地の中心の街である。宗谷本線で北へ行けば稚内、石北本線で東へ行けば網走、という北海道中央部の要衝の駅で、大雪山系の西北側になる。千歳から直行で2時間ちょっと、札幌から特急で1時間20分である。

 札幌から函館本線に乗って石狩平野を山間部へ向かう車窓から緩やかに続く山並みが望める。石狩山地である。その中心は大雪山山系であるが、大雪山という山はない。主峰旭岳の通称である。石狩山地の主峰は北海道最高峰2290mの旭岳で、ハワイ島のマウナロア山にも匹敵するような巨大な山塊である。その麓にある旭川地区は川の多い所だそうである。石狩山地から流れ出た様々な名前の川が石狩川となって石狩湾に注ぐ。

 アイヌ語の地名が多い中で、この地区だけは極めて内地的な名前の街が多い。札幌から函館本線に乗ると、江別、岩見沢、美唄、砂川、滝川、深川、旭川の順で旭川に着く。旭川に近づくにつれ「川」の付く町が増えて来る。旭川から北見、網走へ向かう石北本線にも上川という街がある。旭岳に端を発する旭川という川でもあるのかと思っていたら、そういう川は昔からないらしい。もちろん、砂川、滝川、深川という名前の川もない。恐らく、石狩川の川の流れる姿を表しているのだろう。

 旭川は、周りを夕張(ゆうばり)山地、天塩(てしお)山地、北見山地、石狩山地に囲まれた北海道中央部の雪深い山間の街である。人口は36万人くらいだが、札幌に次ぐ北海道第2の都会である。真冬には2m近い積雪があるらしい。旭川空港への道路には、道路脇の電柱の高さ3mぐらいのところに「停止線」という標識が張り付けてあり、電柱から腕木のように道路の上にはみ出して路肩を示す赤色の「↓」標識が豪雪地帯であることを示していた。

 5月に冬が去り、慌しく桜や草花が一斉に咲いて北海道中が花園と化す。短い春が終わると7月に夏が来て、あっという間に夏が去ってお盆が過ぎると、ひたひたと冬が迫って来る。秋は短い。ラベンダーシーズンの6月末から7月中旬は、富良野はラベンダー観光客で一杯になる。

 紫色の可憐な花で有名なラベンダー花園のある富良野へは滝川か旭川から南部へ40kmくらい山へ入る。駅の観光案内所のオバサンに聞いたら、今年は寒いらしくまだ20%くらいの開花状況で、見頃は7月初旬頃だろうということであった。

 旭川で最も有名なものは小説「氷点」だろう。昭和64年の朝日新聞の「1000万円懸賞小説募集」で、中央では全く無名の旭川在住の主婦で敬虔なクリスチャンでもある三浦綾子さんが受賞した。「これが初めての作品か!」と三浦さんの才能に驚きながら、朝日新聞を毎日欠かさず貪り読んだことを覚えている。これを機に、旭川は「氷点の街」として一躍有名になった。

 円形の三浦綾子記念文学館は、旭川市神楽にある営林署の「外国樹種見本林」の木立ちの中に密やかに建っている。この明治31年に造られた「外国樹種見本林」が「氷点」の舞台となったところだそうである。JR旭川駅からタクシーで1000円の近さで、一時間もあればゆっくり見ることが出来るくらいの小さな文学記念館である。

 林の中の小さな別荘といった佇まいは三浦綾子さんにピッタリの雰囲気が漂っている。小さいながらもコーヒーが飲めるコーナーが一階にも二階にもあり、鬱蒼とした広大な樹林を見物しながら啜る一杯のコーヒーは気分を安らげて呉れる。ウェイトレスらしからぬ奥さん風のボランティアの方にコーヒーを入れて貰ったが、お金を払って飲んでいるというより知人の家に立ち寄ってコーヒーを一杯所望しているような親しみを覚えた。ただ、残念ながら禁煙だった。

 今回、旭川に来て知ったが、芥川賞受賞作家の井上靖氏も彫刻家の中原悌二郎氏も旭川の生まれであるらしい。街路で中原氏の彫刻をいくつか見かけたが、街中には200体以上の彫刻が飾られているらしい。その所為か、街路には何処となく文化の香りが漂っているような知的でゆったりとした雰囲気を感じる。彫刻と文学の街である。


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