以久遠氏の Beauty,Business & Favorites       旅紀行     VOL. 45 / 2002.08.15

京都三条、竜馬通りの「酢屋」  

 蹴上(けあげ)の都ホテルの前の三条通りを西へ向かうと、鴨川の河原の上に掛かっている三条大橋に出る。三条大橋には風格のある擬宝珠(ぎぼし)が京都の歴史を象徴するように立ち並び、橋の上には托鉢のお坊さんが椀を片手にひっそりと立って修行している。如何にも、古都らしい風情である。

 三条大橋の上から河原を見下ろすと、そこはアベックのメッカである。鴨川の流れを楽しんでいるのか、あるいは語らいを楽しんでいるのか、大勢のアベックが整然と一間ほどの間隙を空けて腰を下ろしている。ごく自然に一間の間隔が出来たのだそうである。隣を気にせず、隣者の会話も聞き取れない間隔が一間なのだろう。こちらの光景は極めて現代的である。

 三条大橋を渡り切り、小さな橋を通り過ぎてそのまま西へ行くと、修学旅行の学生たちが必ず訪れる新京極商店街の入り口に到達する。さして広くない新京極商店街の通りの両側には、華やかな京細工のお土産屋さんが建ち並び、買うのか買わないのか、所在無げにうろうろしている修学旅行の中学生や高校生の一団でいつも溢れかえっていて、歩行困難である。

 そこまで行かずに、三条大橋を渡ったところに鴨川に並行して流れているせせらぎの綺麗な浅い小川がある。昔、高瀬舟が往き来していた高瀬川である。高瀬川の川縁(かわべり)には柳の木が植えられて、「川端柳」の並木が出来ている。この一角には何とも言えない風情が漂っている。その高瀬川に掛かっている小さな橋が三条小橋(さんじょうこばし)である。

 三条小橋は、長さが二間ほどの小さな木橋で、三条大橋に連なるようにして並んでいる。住所で言えば、京都市中京区三条下ルである。三条小橋の袂(たもと)を南に折れると、柳の木の隣に「松鮨」がある。「松鮨」は京都の街中には珍しい木造二階建ての一軒家で、一階が店になっている。鄙びた風情の漂う小さな店であるが、武家者人情小説の大家池波正太郎氏が、京都を訪れた時には必ず立ち寄ったというお気に入りの寿司屋さんである。

 気に入ったネタ分だけしか握らないという頑固で愛想のない変わり者の主人が握っている店で、ネタが少なければあっという間に閉店してしまう。京都にいる間に一度は訪れて食べてみようと思っていたが、午後3時にはもう閉店である。夜になっても開かない。いつだったか、戸に手を掛けると開いたので「今日は大丈夫か」と期待したら、「終わったよ」と愛想の無い声が返って来た。それ以来、いつ行ったら開いているのか、とうとう分からずに京都単身赴任が終わってしまった。

 その三条小橋傍の裏通りを、地元では通称「竜馬(りょうま)通り」と呼んでいるらしい。幕末の志士坂本竜馬に縁のある通りなのである。その竜馬通りに「酢屋(すや)」という名前の店がある。名前だけ見れば、お酢屋さんのようだが、れっきとした材木屋さんの店で、創作木工芸品を売っている店である。店先には、お盆やお箸や箸置きや菓子椀や板絵などの木工品が並んでいる。本業は銘木を扱う材木屋さんだそうで中川さんという。この「酢屋」は奥さんが経営している店である。

 店先で目の詰んだ欅(けやき)のお盆が目に付いた。直径一尺ばかりの欅の一枚板を刳(く)り貫いたもので詰んだ柾目が実に美しい。自然のままの木目であるが、正しく自然が造った芸術品である。目の詰み方が玄人(くろうと)好みで、なかなかいい菓子盆であった。手に取ってしげしげと眺めていると、奥の方から貫禄十分の、それでいて上品な女将さん風の女性がゆったりとした足取りで現われた。

 そして、うちの店に並んでいる商品は全て自然木を選んで加工しているので、他所の店にはない高級品ばかりだと熱っぽく語って「是非、買って行きなさいよ」と熱心に勧める。値段は4000円ぐらいで、それほど高くはなかったので直径が八寸ばかりの小さなものを購入した。我が家にも欅のお盆があるが、このお盆はなかなか良いものだ、と誉めると、女将さんは私が木材のことが詳しいとでも思ったのか、暫し木材談義になった。

 そして、ひょいと奥に引き込んだと思ったら、名刺を手にして現われ自分の方から名刺を呉れた。名刺には、江戸末期、坂本竜馬が一時下宿でもしていたのか、「龍馬と海援隊ゆかりの地」と刷り込んであり、女性の名前が書いてあった。明るくて押しが強くて威勢のいい女社長さんである。社長さんというより女将さんと言っ方が似合う人である。危ないところでお盆を買わせられそうになった。そして、是非、二階の「Gallery龍馬」を見て行って呉れと言う。

 女将さんに案内されて狭い階段を登ると、二階には床の間がついた昔風の八畳の和室が二室あった。その二室の境の襖を取り外して二部屋が竜馬記念館になっていた。坂本竜馬の大きな写真が壁に架けてあり、火鉢や姉の乙女さんからの手紙や掛け軸などの竜馬に縁のある品々が展示されている。一階が木工品の店で、竜馬が居住していた二階の部屋をそのまま「Gallery龍馬」という坂本龍馬記念館にしたものらしい。竜馬の妻であるお龍さんに縁があるのか竜馬に縁があるのか聞き漏らしたが、曽祖父か曾曽祖父の方が陰で坂本竜馬を応援していたらしい。話し好きの奥さんも楽しかったが、竜馬が生きているのも京都だな、と感じ入った。


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