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知らない」「分からない  

 「知らない」とか「分からない」という言葉は、世間では正しく使い分けられることなく、無頓着に無造作にある場合は全く同じ意味で使われている。本来、「知らない」と「分からない」という言葉は全く異なることを表現する言葉である。「知らない」というのは「知識を有していない」ということであり、「分からない」というのは「理解が出来ない」という意味の言葉である。

 世間では、「知識を有していない」ことも「理解できない」ことも、「知らない」または「分からない」という表現で片付けてしまっていることもある。従って、理解できないという意味だな、とか知らないんだなと聞く方が判断し、次の言葉からは平易な単語を選び分かりやすい表現で話してあげているために日常的には何の支障も無くスムーズに会話が出来ているのである。

 しかし、「知らない」とか「分からない」という言葉はその人の人間性をも表していることを知らなければならない。従って、「知らない」というのが何をもって「知らない」とか「分からない」としているかが問題となる。

 知ろうという努力をしなかったために知らないというのであれば、多分、その人は将来も知らないままで生きて行くことになるだろう。自己啓発意欲の弱い人だと判断する人もいるかも知れない。しかし、全く初めて遭遇した事象であるために知らないというのであれば、ある面、止むを得ないと考えざるを得ずまだ情状酌量の余地がある。「分からない」も同じである。ある程度の知識は持っているが理解の域まで至るほどの知識は有していない、ということもあるし、全く初めてのことだから理解出来ない、ということもある。

 また、どの程度知っておれば良いのか、という点も重要である。年齢相応の知識と理解力は有していたいものだ。幼稚園児や小学生や中学校の低学年くらいまでは、知識吸収の時期であるので、それ程知らなくても分からなくても恥ではない。しかし、中学校の高学年くらいからは一定水準の知識は必要である。社会人ともなれば、学歴や専攻が「知らないこと」や「分からないこと」の理由とはならない。知らなければ非常識と判断されるし、分からなければ話の分からない奴と軽蔑される。成長の度合いに応じて恥ずかしくない程度の知識と理解力だけは身に付けたいものである。

 従って、社会に出ると「分かりません」という言葉は自らの恥を曝(さら)すようでなかなか言い難い。私が社会に出た頃は、「分かりません」という言葉だけは使ってはいけないと先輩に教えられた。「知りません」という言葉も似たようなものである。従って、返事は「勉強します」か「調べます」と言わなければならないのである。言った以上は必然的に勉強せざるを得ない。それが結果的には人間的にも成長させることになる。

 それを、分かったような振りをしたり、知ったかぶったりしてしまうと、それが原因で大変な事態が起こったりする。自分だけで済めば良いが、他人に迷惑を及ぼす恐れもあるから、やはり「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」の諺通り、謙虚な気持ちを持つことが、結果的には常識を身に付けることになり人間の幅を広げることになる。

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