以久遠氏の Beauty,Business & Favorites       食紀行     VOL. 52 / 2003.03.15

神田駅前、「手打ちうどん さぬきや」 

 どういう訳か、30年くらい前までは殆んど見かけなかったうどん屋さんが東京で大流行している。大学生の頃、横浜新道の横浜側出口を出たところに今もある「九州久留米うどん」の店が美味くて何度か食べに行ったが、昔は殆んど見ることもなかった渋谷や銀座や虎ノ門などの街にもうどん屋さんが開店し、都内の到る所で目に付くようになって来た。大半は小奇麗な造りの店であるが、流行を反映してか、まるで料亭の入り口のように豪勢な店構えの店もある。

 私は以前虎ノ門に勤務していたことがあるが、当時はうどん屋さんは虎ノ門界隈には一軒もなかった。江戸落語には蕎麦屋しか出て来ないように、東京は元来は蕎麦通の多い町で、砂場などの有名な店から更科蕎麦まで色んな蕎麦屋さんが、山の手や下町の表通りや路地に沢山あり、中にはうどんもやっている店もあった。従って、うどんが食べたい時は蕎麦屋さんで食べるしかなかった。しかし、江戸から続いている蕎麦屋さんも高度成長期の「地上げ」以後、めっきり減ってしまった。

 10年ほど前、昔勤めていた会社を訪問した折り、今、社長をしているかっての上司が「うどんを食べようか」と言う。「虎ノ門にうどん屋があるんですか?」「新しく出来たんだよ」。そして連れて行って貰った店が大阪に本店のある「美々卯(みみう)」であった。なかなか洒落た造りの広い店で混んでいた。

 この「うどんブーム」に火を付けたのは、どうも四国香川の讃岐うどんのようである。ラーメン屋さんが大流行しているので、同じ麺類ということで流行っているのかと思ったが、どうもそうではなさそうである。うどんの親戚のような蕎麦屋さんの方は立ち食いだけが流行っているだけで、昔風の蕎麦屋さんは街中からはむしろ減りつつある。

 何が、讃岐うどんをこんなに大流行させているのか、さっぱり不明だが、この流行のはるか以前から細々と続いている讃岐うどんの店が下町神田にある。JR神田駅を西側に出ると、すぐ北側に変則三叉路がある。その三角形の角に「神田 さぬきや」という看板の掛かった屋台に毛の生えたようなみすぼらしい手打ちうどんの店がある。寿司屋の狭いカウンターのような卓に止まり木スタイルの椅子が12、3脚という、屋台をそのまま店舗にはめ込んだような店である。

 この店があることは昔から知っていたが、店構えの見た目が余りに貧乏臭くて、背広にネクタイ姿ではちょっと入りにくく、入ったことはなかった。8年ほど前、「美味いうどん屋さんがありますよ」と案内して呉れたのは同僚のK君である。どこへ連れて行って呉れるのかな?と思ったら、何とこの店だった。「知っていたんですか?」と言うから、「う〜ん、見たことはあるよ」と曖昧に答えた。

 だが、意を決して入ってみるだけの価値が十分ある店である。「手打ち讃岐うどん」と称するだけあって、麺の揚げ具合もなかなかのもので、麺のコシもあり、これが実に美味いのである。昼時になると、どこからともなく常連さんが現れて来て列をなす。知る人ぞ知る店のようである。

 店の外見から想像すると、如何にも値段が安そうであるが、安いもので500円弱、大体、700円前後で店構えから見れば決して安いとは言えない。街角に良く見かける立ち食いの「更科そば」などに比べれば倍ぐらいもする。外観ぐらい少しは何とかならんものかと思うが、この10年ほど全く変わっていない。


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