∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞ 以久遠氏の Beauty,Business & Favorites   巻頭   VOL. 52 / 2003.03.15 毎月15日更新 since 1998.12.15 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

「参った」     

 「参った!」「恐れ入りました!」という光景は、剣道や柔道の道場ではごく日常的に見られる。先生と弟子の稽古の場合、先生が勝てば「参りました!」、「まだまだ!」となり、先生が負けると「参った!上手くなったな!」、「ありがとうございます!」という光景となる。練習が終わると、師弟双方、正座をして畳に手を突いて「ありがとうございました」となる。傍から見ていても師弟間に通い合う信頼感と誠実さが感じられ、実に清々しく気持ちが良い。

 このように、「参った!」という言葉には真摯な謙虚さが顕われている。囲碁や剣道や柔道や空手などのような技量の差が歴然と顕われる勝負事においてはごく当たり前の言葉で、ある程度、道を極めた人たちは素直に顕わす。中途半端な考えの人や思考に甘えのある人は妙に意地っ張りになりがちで、なかなかこのように素直な真情の吐露にはなりにくい。大抵は、老若、先輩後輩に関係なく、負けた方は「チクショウ!」、「きっと見ておれ!今度こそはやっつけるぞ!」と露わに敵愾心(てきがいしん)やライバル意識を剥き出しにする。

 しかし、一度ならず、二度も三度も負ければ、大抵の人は自分が徒(いたずら)に敵愾心やライバル意識を燃やしていたことに反省させられる。自分の技量や修養が未達であることに気付けば、自然に「参った!」という言葉が出る。「参った!」というのは「まだまだ修行が足りない」あるいは「まだまだ修養が足りない」という真情の吐露なのであり自分自身を赤裸々にさらけ出すことである。言い換えれば、「あの人には敵わない」と白旗を掲げて無条件降伏したようなもので、全人格的な敗北を意味する。そして同時に、「あの人の域まで到達したい」「あの人を超えたい」という啓発心が芽生えたことを意味する。

 勝負事に限らず、ビジネスや社会生活のあらゆる場面において、腹の中では「参った!」と実感することは多いものだが、なかなか素直にその言葉が出ないものである。特に、ライバル意識を燃やしている相手には、そうは思っても、意識的に「参った!」と言いたくないという自尊心が働く。無理が通れば道理引っ込むの類で、素直な純心を無意識のうちに邪心が押さえ込んでしまうのである。善いものは善い、悪いものは悪いと素直に認める気持ちを持つことが自分自身を大きく成長させる。

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