九州に生まれて大学から東京に出、就職してからは北海道から沖縄まで日本国中殆んど隈なく歩いたが、考えてみれば、これまで国内の島らしい島を訪れたことがないことに気が付いた。九州には、対馬、壱岐、平戸、天草、五島列島などがある。瀬戸内にはごまんとある。私の住む明石のマンションからも秋の空気の澄んだ天気の良い朝には小豆島の島影が微かに見えるときがある。湘南海岸からは伊豆大島が見える。その南には、伊豆七島や八丈列島があるし、日本海には佐渡島がある。北海道には利尻島や奥尻島や国後島などの北方四島もある。
わが国は島国だけあって身近に沢山の島がある。しかし「島」という名前は付いているが、江ノ島、淡路島、志賀の島、東京湾の中の島々等々、皆、橋が架かっているか砂州で繋がっている島も多い。その中で私が訪れた島らしい島は、強いて挙げれば淡路島と沖縄くらいなものである。
淡路島へは、明石海峡大橋が開通するずっと昔、今から36年前に行ったのが最初であるが、当時は明石中崎海岸の播但(ばんたん)汽船乗り場から淡路島の岩屋まで漁船のような乗合船が走っていた。焼玉エンジンのやかましい音を響かせて走る船縁(ふなべり)に立って手を海面にさらすと波飛沫(なみしぶき)が掌に当たって心地よかった。20分かそこらの船旅であったが、明石の浜が徐々に遠ざかり、淡路島が段々大きく見えて来るのは感興深いものがあった。今はその船もモダンな双胴船の快速水上バスに代わって、昔の面影は桟橋に残っているだけである。
しかし、淡路海峡大橋が出来てからの淡路島は、神戸の方から車で走れば8分前後で瀬戸内海を横断し岩屋に到達する。橋を渡ると、そこには神戸市西区街と似たような街並みがあって島にいることを忘れさせてしまう。しかし、そのまま島内を走ると、東に見えていた瀬戸内海が中間で西に見えるようになり、鳴門の大渦の見える鳴門大橋辺りまで来ると、やっと島らしい風情になる。
それ以外では、熱海沖の初島くらいしか思い出せない。初島は昔は端島(はしま)と言ったらしい。熱海沖10kmくらいの波静かな相模湾の中に浮かんでいるように見える極めて小さな島である。昔は限られた42家の人たちだけしか住むことが許されておらず、畑を分け合い漁をして生活する自給自足の島だったらしい。伊東からも10kmの沖合いになり、伊東からも観光船が出ているので、熱海−初島−伊東、あるいは熱海や伊東から往復するコースも選べる。
数年前、家族旅行で熱海を訪れた時に、娘と二人、20人も乗れば満員になりそうな渡し船のような船で初島を訪れた。相模湾は波も静かで漣(さざなみ)の中を大きな揺れもなく気持ち良く走る。熱海のホテル街が見る見るうちに茫と霞んで靄(もや)の中に沈む。熱海の港から20分か30分で着いたように思うが、初島の港にはポンポン汽船が一隻やっと泊まれるくらいの小さな波止場があった。歩くたびにゆらゆらと揺れる船を降りると、波止場の近くはすっかり観光地化して、大勢の若者たちがいた。魚釣りを楽しむ人、ギターを弾いて歌を唄っているグループ、お菓子をひたすら食べているグループ…、夏の初島は賑やかである。
現在は一人も住民はいないようで、簡易なホテルが一二軒あるだけのようである。昔は野菜を作っていたようであるが、今は水も野菜も伊東や熱海から船で運んで来るのだそうだ。私たちは船から降りると、散歩がてらにお土産店を覗いたり波止場周辺を見物して、次の船に乗って熱海へ戻った。まるで遊覧船が途中で一時停船したような船旅であったが、それでも、船が故障でもして動かなくなれば、この島に取り残されることになるな、とそんなことを考えていると、ささやかながらも孤島を訪問したような気にはなった。初島訪問の記念に500円のお土産細工を買って来たが、愉快な旅だった。
船でしか行けない離島というのは、やはり行こうという気を起こさないとなかなか行く機会がないところである。初島を訪れてから既に5、6年になるが、その後、島らしい島を訪れていない。