∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞ 以久遠氏の Beauty,Business & Favorites   巻頭   VOL. 53 / 2003.04.15 毎月15日更新 since 1998.12.15 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

規則られるな   

 「規則は絶対」と思っている人は多い。そう思い込んでいる人の中には、とかく「規則に反しなければ、それは正義である」という発想をする人が多いように思う。そこで彼らは、規則に反しないような方法はないかと抜け穴を探して行動する。その行動を「それはおかしいよ」と非難すれば「規則には反していない。どこがおかしいんだ」と反発して来る。しかし、これは誤りである。

 規則というものは、「何かの事件があって初めてこれでは不味いから、ルールを作らなければならないだろう」というニーヅに応えて生まれるものである。従って、どうしても後追いになるという宿命を持っている。そのために、規則というものは、「規則が出来たその時から陳腐化が始まる」と言われているのである。

 該当する規則が無い場合、その正義の判断は道徳あるいは道義という「人の道」によって行なわれなければならない。何故なら、社会や人を律するものは道徳であり道義だからである。即ち、規則の前に道徳あるいは道義があるということである。規則が無ければ、新たに規則を創ればよい。無理に当てはめようとすれば、規則は勝手に歩き始める。

 即ち、何か新しい事象が起こった場合、あるいは起きようとしている場合、現存する規則にその事象を無理に当てはめようとはせずに、それに合った規則を創ればよいのである。あるいは、既存の規則を改正すればよい。こんな単純なことが出来ないために、反(かえ)って物事を難しく困難にさせていることが多いものである。

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