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「知力」という言葉がある。「知の働き」という意味であるが、「働き」とは、「知」が人や社会を動かす「力」を持っているということである。ならば、この力を持っている「知」とは一体何だろうか?
「知」という漢字を見て先ず思い浮かべるのは「知ること」と「知識」である。しかし、ノーベル賞を受賞したような人であればともかく、単に「知っている」だけでは、人は動かないし人を動かせる訳もない。「知識」が人を動かす「力」を持っているとは思えないのである。
知ることは知識を得ることであり、知識というのは財産みたいなもので、蓄えようと思えば努力次第でいくらでも蓄えられる性質のものである。しかし、それらの知識をいくらひけらかしても人は動かない。では、知力とは何を言っているのだろうか?
知力という言葉は、昔は「智力」と書いていた。単に物事を知り理解することが「知」で、智将とか智謀と言うように是非善悪の判断を下す思考を「智」と言う。昔は「知恵」は「智慧」であり、「知力」は「智力」だった。昔の人は「知」と「智」を正確に使い分けていたのである。このことが分かれば、敢えて説明はいるまい。
智慧(知恵)が人や社会を動かすのである。「知恵を出せ。知恵が無いなら汗を出せ」と言われるように、知恵は多くの人たちを動かして大きな仕事を成すことが出来る。知識は力ではないが、知恵は「力」なのである。
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