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標題は「しょほっしんじ べんじょうしょうがく」と読む。 禅宗の言葉である。 仏教の世界で「悟りを求める心をはじめて生ずるとき、それがそのまま最高の仏の悟りに結びつく」という意味だそうでであるが、発心(ほっしん)とは「あることをしようと思い立つ」という意味で、正覚(しょうかく)とは「真理を体得した仏の悟り」という意味である。お坊さんが修行する時に使われる言葉である。
この言葉を実社会人に当てはめると、「『さぁ、やるぞ』と本気でやる気を起こした時に初めて、何事もいずれ必ずうまく行くものだ」あるいは「『さぁ、やるぞ』と発起(ほっき)した時、何事も既に成ったようなものである」という意味になる。即ち、逆に言えば、本気で本人が自覚しなければ、成るものも成らない」ということである。
人を動かし、事を成し遂げる極意である。「やれ、やれ」、「しろ、しろ」と命令を下すのは簡単だが、それだけで人に自覚を促し発起させることは極めて難しい。人が自覚し発起するために何を成さなければならないか、よく考えなければならない。それは、今風の言葉で言えば、啓蒙と共感ということになる。そして、焦らず、人が自覚し発起するまで、じっとがまんして待たなければならない。そうすれば、有限である人間が修行あるいは稽古という無限の世界に在ることになり、無限の力を発揮することになる。
意味は天と地ほどにも違うが、実際の場面において使われるよく似た言葉に、「ああだ、こうだ、と逡巡ばかりしていても仕様がない。先ずは、何か事を起こしてみることだ。案外、旨く行くことが多いものだ」という意味の「案ずるより生むが安し」という言葉がある。これはまさしく啓蒙の言葉であり、現場体得という「常在戦場」精神によって悟らせようとするものである。
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