以久遠氏の Beauty,Business & Favorites       食紀行     VOL. 59 / 2003.10.15

おでん明石蛸?  

 秋口から冬場になると、我が家では自家製のおでんをよく食べる。寒い日など、身体が温まっていい食事である。私の住んでいる神奈川県藤沢市のスーパーにも最近は「明石蛸」が店先に並ぶようになった。嬉しいことである。新聞のオリコミ広告に「明石蛸」が出ると、その夜は「おでん」だと思ってほぼ間違いない。しかし、最近の食材は原産地が全く信用出来なくなった。野菜は中国産だし、魚はアフリカ産だし、肉にいたっては本当に和牛かどうかさえ怪しき限りである。

 先頃、新聞を見ていたら、おでんの蛸は殆どが「アフリカ産」と出ていたのでビックリした。まさか明石蛸のようなローカル食材までも偽物が現われるとは思いもしなかったのである。と言うことは、明石蛸は全国的に認知されているということだろう。また、我が家で「明石蛸」とばっかり思い込んで食べていた蕩(とろ)けるように柔らかくて味の良い蛸もやはりアフリカ産だったのだろうか?

 と言って、我が家ではその記事が載ってからも、おでんは今までと同じ「明石蛸」である。新聞記事以来、「明石蛸」という表示が消えているのでやはり明石の蛸ではなかったらしい。しかし、家族の誰も、明石の蛸でなければならないというほどには「明石蛸」に拘っている訳ではなく、おでんの蛸が美味かったから「やはり、名にしおう明石の蛸だけのことはある」と納得していただけのことで、誰も気にしてはいない。

 実は、現在、月の半分は明石蛸の本場である明石、それも漁師の魚で有名な「魚ん棚」商店街の直ぐ近くに住んでいるが、明石ではおでんに入っている明石蛸を食べたことがない。明石では「明石焼き」とか「たまご焼き」と言っている「たこ焼き」の材料として有名な蛸だが、関西ではおでんに蛸を入れる習慣がないらしい。その代わり、東京では見られない牛の筋肉が入っている。従って、藤沢のスーパーの蛸が本当に明石蛸かどうかが分からないのである。明石蛸は柔らかくて味が良いという評判であるので、てっきりそうだとばかり思って食べていたが、案外、アフリカの蛸だったのかも知れない。

 しかし、蛸を食べている当の本人が明石蛸と思い込んで食べるくらい美味しい蛸であるなら、わざわざ何も産地を偽ってまでして売る必要もないのではないだろうか?明石の蛸は高くても売れるが、アフリカの蛸は安い値段でしか売れないという先入観が詐欺まがいの偽ブランドとなったのだろうと思う。販売者はもっと自信をもって堂々と「おでんに最適な、柔らかくて美味いアフリカの蛸」と銘打って売ったら良いのである。消費者は利口だから、美味ければ表示された値段を納得して買う筈である。アフリカ産だから安く売らなければならないということはないのだから、消費者も怒らないだろう。

 産地を偽って表示することなど、食用肉では昔からよくあったことで、今に始まったことではない。米沢牛といえば、柔らかさと美味さでは知る人ぞ知る牛肉であるが、それでも世間一般の人たちは「松阪牛」と書いてある方が喜ぶらしい。生産者も少しばかり高く売れるので自らが生産した商品の誇りをかなぐり捨てて利に走るのである。

 お茶にしても然りで、私の出身地である九州の八女市は「八女茶」で全国的に有名なところであるが、それでもやはり宇治茶と銘打った方が高く売れるそうで、多くの八女茶が宇治に移出されているそうである。静岡茶も狭山茶も同様であるらしい。従って、宇治茶も松阪牛も偽物ばかりということになる。大体、北海道産のジャガイモならいざ知らず、地方の狭い地域で産するローカル性の強い名産品が日本中にばら撒けるほどの生産量がある筈がないではないか。

 京都の狭い宇治地区で生産されたお茶や、松阪の狭い地域で生産された松阪牛が日本全国に売り捌かれることの方がおかしいことに気が付かなければならない。こんなことは冷静に考えれば直ぐに分かることだが、見方を変えれば、宇治茶も松阪牛も自らの手で自らの個性を没個性化していることになる。差別化をしていたつもりが、実際は差別化に逆行していたのである。現代の消費者はそれくらいの知識は有しているので、もっとローカル色を出すと言うか、本物を売りにした宣伝をして他の競合品との差別化を図るべきだろうと思うが、如何か?


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