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「何を考えているか理解できないから信用できない」あるいは「信用できないから理解できない」などといった言葉をよく耳にする。どだい、人間なんて理解しようとすることの方が無理なのではないだろうか?最近は理解するという言い方をやめて「共有する」とか「共感する」という言い方が増えて来たが、案外、そんなところにも理由があるのかもしれない。
理解というものほど、分かり易いようで分かり難いものはない。数学や科学などのように公理定理を前提に物事を解釈する分野においては勉強さえすれば理解という領域に達することが出来るが、他人の考えや言論趣旨などについては理解したような気持ちにはなるけれども、こと特定人間の心情や価値観となるとその実は全く理解できていないことの方が多いものである。
毎日、大勢の陳情団に面会した田中角栄元首相は三分か五分ぐらい聞いただけで「よっしゃ!」「よっしゃ!」と答えて処理したという話は余りにも有名だが、本当のところは角栄さんがどこまで理解していたかは定かでない。多くは秘書が細かく聞いて対応していたのが大半で、恐らく角栄さん自身は殆ど理解してはいなかっただろう。恐らく、案件の内容よりも信頼できる人間であるか否かという判断を瞬時にされていたのではないかと思っている。
日常的には、角栄元首相と同じように「よっしゃ!よっしゃ!」的理解というものは非常に多い。「いちいち(あるいはくどくど)言われなくても分かってるよ」という通り一遍の理解というのが殆どで、他人の意見に真面目に耳を傾けようとしない人の方が多いのである。「理解とは、理解されざることを理解することなり」と言ったのは文芸評論家で哲学者でもあった亀井勝一郎氏であるが、この言葉はこの辺りのことを述べているのだろうと思っている。
人間の言動の裏には、必ず喜怒哀楽に基づいた感情があり、時には功利的な感情が潜んでいることもある。ということは他人の言動というものは事象の一面を表現しているに過ぎないのである。裏を考え、裏の意味を理解することを曲解と言って一般的には余り良いことには解されていないが、どちらが表でどちらが裏かさえ判然としない中では、案外、曲解というのがその本質を一番理解しているといったこともあるのかもしれない。
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