以久遠氏 Beauty,Business & Favorites         食紀行     VOL-05 / 1999.2.15号

  銀座四丁目、鮪の茶漬「竹葉亭」

 銀座三越の南向かいと、東京駅前の丸ビルの一階に竹葉亭(ちくようてい)という和食の店がある。「銀座百店」という小冊子にも、「日本の和食老舗百店」という小冊子にも紹介されている店で、創業は江戸時代という老舗である。たまたま、現在の社長さんが兄の大学時代の友人であったことから、三十年くらい前に兄に連れて行って貰った。それから、時々利用するようになった。

 本来は「鰻の蒲焼き」が専門の店である。しかし、実は、粋人には通称「まぐ茶」と呼ばれている「鮪(まぐろ)の茶漬け」の方が有名で、竹葉亭と言えば「まぐ茶」と言われるほど、知る人ぞ知る隠れた名物である。鰻の蒲焼は勿論のこと、今流行りの鯛の茶漬けもあるが、この店で「まぐ茶」を食べている年配のお客さんがいたら、彼らは間違いなく常連さんだと思ってよい。

 「タイ茶」は他店の鯛の茶漬けと大差はないが、「まぐ茶」は他店にない味が何とも言い難く忘れられない。時折り、「まぐ茶」を思い出しては、竹葉亭の銀座四丁目店か東京駅前の丸ビル店を訪れる。ごまとワサビの醤油タレに、細長く角切りした鮪の刺し身を漬け込んだものを、ご飯の上に十切ればかり山盛りに乗せ、火傷しそうなくらいに沸騰した番茶をかけて食する。

 鮪の赤身が、沸騰した番茶によって一瞬のうちに煮えて白くなる。この鮪の香ばしい味が何とも言い得ない。極めて簡単な正真正銘の茶漬けであるが、これに付け出しの漬物を混ぜ込んでも実に美味い。近年、鯛の茶漬けもメニューに載っているが、茶漬けには淡白な味の鯛よりも鮪独特の脂っこさの方が合っている。

 銀座店は、鰻の蒲焼を食べる人が多いようだが、丸ビル店では蒲焼を食べる人は殆どいない。皆、鮪の茶漬けばかりである。丸の内界隈で「竹葉亭」と言えば、鮪の茶漬けの代名詞なのである。昼飯時になると、丸の内のサラリーマンが列をなし、店内はゴッタ返す。連日、延々長蛇の列をなすくらい繁盛している。値段が安いせいかな?と思えば、どっこい千五百円もする。されば、店員さんに美人さんでもいるのかと見回してみれば、さにあらず。皆、60才くらいのパートのオバァサンばかりである。

 しかも、銭湯の番台のようなレジには口やかましそうなオジィサンが目を光らせて座っている。オバァサンとオジィサンのサービス態度や接客態度は、お世辞にも誉められたものではない。食券を買うために通路に並んでいる列からはみ出してでもいようものなら、「そこのお客さんッ、通行に邪魔ですからきちんと並んで下さいッ」と怒鳴られる。反抗的な態度でもとろうものなら、「次ッ、後ろの方ッ」と順番を飛ばされて、食券も売って貰えない。

  従って、お客さんの列は整然と並んでいて美しい。 店員よりも客の方が礼儀正しいという不思議な光景である。それでも、毎日、客が列をなすというのだから、やはり食い物屋は味である。「まぐ茶」はサラリーマンの昼食としては決して安いものではないが、一度食べると後を惹くほど美味い。味の良さで評判しているのである。食い物屋が繁盛するか否かは味次第という標本みたいな店である。

 中国人経営の中華料理店の客応対もこの店とよく似ている。虎ノ門には、似たような無作法な応対ながらも繁盛している中華料理店がある。中国人の店員が、お皿を投げるような勢いで卓の上に乱暴に置いて行く。彼らはもてなしではなく味で勝負しているのである。どんなに奇麗どころを揃えようとも、どんなに店員が愛想良くしても、それだけでは客を呼ぶことは出来ない。ましてや、常連をつくることなど到底無理である。


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