この妙ちきりんな、何と読むのかさえ判然としないような文字は、ある石碑に彫られていたものであるが、実は「金」という漢字を分解したものだそうである。この石碑のことは、20代の頃、「豪商の家憲」のことを紹介していた本の記事で知ったが、現在も大阪市内の何処かにある筈である。その本では、大阪の佐官職人さんの家の庭の片隅に建てられていたと書かれていたように記憶している。石碑の文字は大正時代に彫られたものらしいが、一説によれば、大笹という北浜の株屋さんが大儲けして後に没落し、子孫に教訓として遺されたものらしい。
「金」を分解して「辛抱が一番」と読むところは、寝ても覚めても、明けても暮れても、金、金、金、…と金に追いまくられている相場師ならでは見事な発想だと感心させられる。天国も見、地獄も見て来た相場師ならではの達観かもしれない。先日、取引先のある人と話していた時、「金の切れ目が縁の切れ目」という関係に人間性はを感じられないが、彼が言った「金でつながっている関係はやはり金で切れるので、その中に人間感情を加えて付き合って行きたい」という言葉が妙に印象に残った。
そのとき、ひょいと脳裏を過(よ)ぎったのが、意味合いは少し異なるが、この「人ニハ|一」という石碑のことである。確かに、「金」という漢字を分解すると「人ニハ|一」となる。「人には辛抱(|)が一番」と読むのだそうである。その意味するところは、「お金というものは投機などによって『濡れ手で粟を掴む』ような稼ぎ方をしても結局は身に付かないもので、やはり辛抱しながらコツコツと地道に貯めなければ身に付かないものだ」という教えなのだそうである。
もう一昔前にもなるが、バブルが崩壊し始めた1991年に創業100年を迎える大阪の名門老舗企業の活ノ藤万が金融がらみの不祥事件が露呈してあっけなく倒産し消滅した。100周年と言えば企業としては大きな節目であり、どの企業でも大規模の祝賀会を催すものである。恐らく社内では100周年祝賀会プロジェクトが進行していた筈である。しかし、「金」欲に毒されてしまった活ノ藤万は100周年の祝賀会を目前に奇しくも消滅という節目を迎えることとなった。
その原因は住友銀行から派遣された経営陣が絡んだ金融不祥事件によるものであった。その時、元伊藤万社長の伊藤寛翁が無念そうに、「住友銀行が入って来るまでは、伊藤万の家憲として『投機すべからず』というのがあったが、住友銀行が入って来てそれが無くなってしまった。非常に残念だ」と嘆いておられたのが印象に残っている。
自分たちがきちんと経営しておれば住友銀行に乗っ取られることもなかっただろうし、伊藤万は金融不祥事件は引き起こさなかっただろう。そして、社員を路頭に迷わせるようなこともなかっただろう。と、暗に「濡れ手に粟」を期待するような「金至上主義」の住友銀行の経営方針が活ノ藤万の倒産を引き起こしたと批判されていたのである。
悲劇と言えば悲劇であるが、社会が是認し肯定する企業の良識と倫理観というものを失った組織の脆さを再認識させ、同時にそれらが企業の存続にあたって如何に大切であるかを印象づけた事件であった。