以久遠氏の Beauty,Business & Favorites       食紀行      VOL. 60 / 2003.11.15

茨城、家庭菜園からの贈り物   

 秋も深くなった。葉っぱが紅葉し、枯れて、そして落葉する季節は草木に果実が実る季節でもある。九州の片田舎から東京へ出て来て40年を超えたが、生鮮食品だけは田舎の方が比較にならないくらい美味い。スッと真っ直ぐに伸びた胡瓜(きゅうり)のように、都会の野菜は見た目だけは美しいが、香りといい、歯ざわりといい、大根も、白菜も、キャベツも、胡瓜も、ネギも、トマトも、ピーマンも、野菜という野菜の全てが田舎の方に軍パイが揚がる。

 数年前に現役を退いている昔の会社仲間のNさんという先輩が茨城に住んでいるので、茨城の事業所へ出張した折り、偶に囲碁を打ちにNさん宅を訪れる。Nさんとはコンビを組んで関東一円で数千万円から一億円以上の大型ビジネスをして来た、現在は悠々自適の年金暮らしである。30年以上も昔の新興住宅地であるが、広大な関東平野の中の田園地帯で、昔のままの状態で田畑地の中に集落のように固まって住宅が建っており、自宅から歩いて数分のところに家庭菜園がある。

 茨城は東京の野菜供給地であるらしく、都心から至近の距離にあるにもかかわらず、珍しくベッドタウン化がそれほど進んでいない農業県である。その所為でもあるまいが、Nさんも20坪くらいの畑を借りていろんなものを植えて趣味的菜園を楽しんでいる。囲碁を二番ほど打ってから21時ごろに夜道を神奈川県まで走ることになるが、昔話に花が咲いて楽しいものである。

 ところが、帰ろうとすると、決まって「畑から野菜を引っこ抜いて来るから、ちょっと待ってな!」と言って飛び出し、真っ暗な闇に消える。5分かそこらで、米やネギやトマトやピーマンなどを両手に持てないくらい抱えて戻って来る。そして、一応は「トランクに野菜の匂いが付くが構わないか」と言いながら、否も応も無く一方的に車の小さなトランクが一杯になるまでどんどん積み込んでしまう。「こんなに沢山いりませんよ」と言っても、「その時は近所にあげたらいい」と躊躇ない。

 何とも強引な先輩で手に余るが、溢れんばかりの好意に逆らう術はない。こうして、いつも断り切れずに、已む無く持ち帰る羽目になる。しかし、家に着いてトランクを開けてみると、Nさんが言うように、2時間ほど入れていただけなのに野菜の匂いがトランクに染み込んでいるのに驚く。野菜の匂いがこんなにきついとは知らなかった。都会のスーパーの野菜には匂いも香りもないので、まさしく土の香りである。

 教師をリタイヤして九州の田舎の広大な屋敷で家庭菜園を楽しんでいる6歳上の親戚からも、季節になると竹の子や栗や野菜が送って来る。これまた茨城産に劣らず、匂いの強い野菜である。鍋の季節になると、群馬県の友人から巨大な「大仁田のネギ」が届く。鍋に入れると、溶けるように柔らかい。田舎の生活を知らない子供たちも「美味い、美味い」と言って喜んでいる。ありがたいことである。都会に住んでいて、旬の野菜が労せずして食べられるのだから…。最近は中国野菜などもスーパーに並ぶようになったが、野菜特有の香りはないし、生で食べても、煮物にしても味がない。


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