以久遠氏の Beauty,Business & Favorites 文化紀行 VOL-06 / 1999.3.1号

武士道は、封建時代の階層社会を前提に発達した武士たる者に要求された哲学であり、美学であり、さらに実学でもある。そういう意味では、武士道とサラリーマンの処し方を同レベルで論じることには異論があるかもしれない。しかし、封建時代の武士も現代のサラリーマンも「禄を食(は)む」立場にあるという点ではすこぶる似た境遇にあることは否定できない。
ただ、武士は、例えればフラットな動く歩道に乗っているようなものであり、サラリーマンはエスカレーターに乗っているようなものである。一方は一生上下することもなく、一方は年功的(段々年功制も廃れて来ているが・・・)に徐々に上って行くという違いはあるが、階層を肯定した思想の上に成り立っている点では大筋で変わりない。
そういう目でサラリーマン社会を見ると、企業社会というところも完全な階層社会であると言える。トップが下位者に対して忠誠を要求する点で、殆ど封建社会と似たような階層的価値観の世界にあることが理解できる。と言うことは、企業社会にも武士道にも似たサラリーマン道が当然発生する下地があるということである。
そこで、企業社会の先進国である欧米に武士道のような価値観があるのだろうかと調べてみると、やはり存在しているのである。ヨーロッパには騎士道があり、アメリカには陸軍士官学校精神や海軍士官学校精神(Navy Spirit )がある。それらの精神は今も脈々と受け継がれ、アメリカ社会の中に行動規範や社会規範として厳然と生きているのである。
即ち、わが国には武士道が、ヨーロッパには騎士道が、そして新しい移民の国であるアメリカには武士道や騎士道に相当する陸軍士官学校や海軍士官学校の教える将校スピリッツが企業社会の根幹思想として生きているのである。ヨーロッパの騎士道と武士道とはよく似たもので殆ど同一の思想と精神が流れているが、一方、アメリカの士官学校スピリッツはどうかと言えば、これもまた極めてよく似ているのである。
孔子の有名な言葉に「義を見てせざるは勇なきなり」というのがあるが、アメリカ陸軍士官学校でも「正しいことを敢然と実行することが勇気である」と教えているそうである。 また、「人の行動が、損得や利害によって変わることは最も侮蔑すべき行為である」という武士道精神そのものまで教育指針にあるらしい。さらに「其の身正しければ、令せずして行われ、其の身正しからざれば、令すといえども従わず」という意味の「修己治人」についても、同じような言葉がアメリカ陸軍士官学校の教育指針にあるそうである。
もっとも、士官学校精神は騎士道と武士道を研究して樹立されたのだそうであるから、似ているに決まっていると言えば言えるが…。ところが、肝心の本家本元である日本においては折角の武士道精神が段々影をひそめて来ているように感じる。そこで、武士道を切り口にしてビジネスマンの生き方について述べてみたい。
武士道と言っても一つではない。もっとも、武士道というような名称ではなく、家訓などといった名前で後世へ承継されていったものもある。水戸藩の武士道とか、伊達藩の武士道とか、薩摩藩の武士道というように、藩毎に独自の武士道というものがあった。どの藩にも藩主お抱えの儒学者がいたので、それぞれに藩の価値観には微妙に違いがあり、武士道も微妙に差異があった。その中で、佐賀藩の葉隠武士道だけが突出して有名になった。
従って、武士道と言えば真っ先に「葉隠」を思い浮かべるが、これほど「葉隠」を有名にしたのは、「武士道といふは、死ぬ事と見付けたり」という極め付きの名文句の所為だろう。この言葉だけは一人歩きをして破滅的な美学をイメージさせている。そのために、鍋島藩主が自藩の武士に対して滅私奉公の精神と恥の美学について説いた哲学と思い込んでいる人が多いようである。一見、葉隠には武士の悲愴感だけが漂っているように見えるが、その中身まで詳しく理解している人は意外と少ない。
葉隠書を一読すれば、そうでないことがよく分かる。実は、殿様が武士としての心構えと行動指針を微に入り細にわたって説いた名実務書と言えるものなのである。その教えにはどこも錆びたところはなく、現代においても十分、サラリーマンのバイブルとなり得る。諸処に鋭くキラリ、キラリと光り輝く珠玉の指南書である。興味のある人は、三島由紀夫が現代語に訳した「葉隠入門」が読みやすくて分かりやすいのでお勧めする。この本に掲げられた項目を見るだけでも参考になるので、現代に通じる名言を紹介しよう。
「自分の能力の限界を知れ」
「翌日の事は、前の晩から考えて置け」
「まず、勇気を持って着手せよ」
「大事な思案は軽くすべし。小事の思案は重くすべし」
「死のうか、生きようかと思うときは死んだ方がよい」
「欠点のない人はそれを隠しているのだ」
「勝負を度外視して死ぬ気でやれ」
「自分の定見を持つな」
「始めに勝つが、始終の勝ちなり」
「案ずるより生むがやすし」
「相手を乗り越えた気持ちでいよ」
「役付き者は、上にきびしくあるべし」
「七呼吸のあいだに判断せよ」
「損得だけで物事を判断するな」
「何事も死ぬ気でやれ」
「断じて弱気を口に出してはならない」
「名誉と富に執着せよ」
「初対面のつつましさで付き合え」
「40才より内は知恵分別を除け、強み過ぎる程がよし。人により、身の程により、40過ぎても強みなければ響きなきものなり」
「何事の修行も、大高慢と反省との両方が必要である」
「一瞬、一瞬を、真剣勝負のつもりで過ごせ」
「見事に負けよ」
「刀は納めてばかりいると、錆がつく」
「ときには部下のミスを見て見ぬ振りをせよ」
「つまらない仕事のときこそ励め」
「毎朝、前もって死んでおけ」
「大仕事をするには、小さな欠点、ミスなどを気にするな」
佐賀県出身の代議士には、贈収賄事件を起こした人がいないという話を聞いたことがあるが、私の友人たちを見ても皆真面目な人が多いように思う。佐賀県人の潔癖性や論理的思考に接する度に、この葉隠の精神が今なお連綿として彼らの心の奥深くに受け継がれていることを実感する。