歴史を裁く愚かさ 新しい歴史教科書のために

著者:西尾幹二。PHP文庫。

97年、PHP研究所から出版、00年文庫化。
まず本書の冒頭で歴史の捉え方について一言ある。
歴史は過去の事実を知ることではない。 事実について、過去の人がどう考えていたかを知ることである。
この言葉は素直に受け止めたい。 そうしなければ過去の出来事は全て、それを吟味する時代によって評価が 全く変わってしまうのだから。 というか、その時代の支配者に都合の良い評価になってしまうのだ。
だいたい新聞がそうである。 戦前と戦後の朝日や毎日、いや正確にはそういう分類ではないが、 を観ていれば自ずと肯ける。 そのくらい近々のことさえそれくらいいい加減な根拠しかないのだから 今の我々の歴史の根拠って全然固まってないじゃないですか。
現実的に実際、ある先生は自分でも自信ないことは教えたくない、 でも教育制度によって時間が足りないことのせいにして、だから間に合わない、 だから試験に出さない、そういう談合(笑)によって成り立っていた、 ようは手抜だらけの現代の歴史教育だ。
教える側においても、偏ってない人(笑)には良心が咎めるような内容なのが 今の生徒たちの教科書なのだ。 それがいつから始まったか知らないけど、 成金批判のための「どうだ明るくなったろう」は私も記憶がある。 20年くらい昔の話、あの頃は確か中学生だったような(爆)。
「国民の歴史」を新しい歴史教科書のパイロット版と位置付けるなら、 本書はさらにそのパイロット版と言えるでしょう。 順序が逆になってしまいましたが、ちゃんと読みましたよ。 これでいいでしょ(笑)。

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