編者:浅野健一。筑摩書房。作品一覧へ
93年刊行。
誰も現場に立ち会っていないのに、当局の発表を、見てきたような 「事実」として報道する。正確さよりも“面白さ”を優先させ、 センセーショナリズムを煽り続ける・・・。
日本の客観報道は、実は客観報道の名に値しない、のではないか、 という疑問を投げかけ、実例を紹介しながら日本のマスコミの 実態を追求する。
日本のニュースの多くは外国では欠陥原稿になるという。 なぜならば情報として最も大切なニュースソースが不明確だからだそうだ。 日本の報道はそれが事実なのか、単なる伝聞なのかはっきり区別 されていない上に、ニュースソースが明示されないことが多い。
日本のジャーナリズムにおいては、 「当局(政府や警察)や大企業がこう発表した」 というのにすぎないことが、そのまま「事実」として 一人歩きしてしまうことがあまりに多い、という。
これはあくまで7年前の時点での話だが、今とどこか違うだろうか。 違うとしたら良い悪い、どちらへ変わっているのだろうか・・・。 ちなみに文中にでてくる「発表ジャーナリズム」という言葉、 これは日本のマスコミを批難するためにある、らしい、実に悲しい事だが。ジャーナリズムとは本来、信頼されるべき職業である。 そして彼らは他の全ての職業をこきおろす。 医者も法律家も政治家も。 しかし彼らを外から規制することはできない。 だから彼らは腐敗する。・・・・・・