著者:南條範夫、文春文庫。
76年刊行、93年文庫化。
なんとも凄いタイトルだが、江戸時代に徳川氏が除封した大名の数は 実に八十七家、四百十四万石(異説はあるが)に及んでおり、 その記録はまさに「廃絶録」(実際にそういう史料もあるそうで)。 慶長五年に行われた大部分は関ヶ原戦役の論功行賞の結果ですが、 その後にも随分とあるんですね。本書ではその中の十二例を取り上げて紹介しています。 ちなみに浅野内匠頭なんかも八十七のうちに入ってます。
「里見安房守忠義」
安房の名族も末路は哀れなものです。「松平上総介忠輝」
家康の第六子と言えども容赦は無かったんですね。「福島左衛門大夫正則」
まあ西軍贔屓の私にしてみれば「ざまあみろ」なんですが(苦笑)。「最上源五郎義俊」
義光の孫だそうです。せっかく家康に力の限り媚びて手に入れたものが まさか孫の代で絶たれるとは(涙)。「本多上野介正純」
この方、初代存命中は飛ぶ鳥落とす勢いだったのにね。 まるで石田三成みたいです(笑)。「松平三河守忠直」
秀康の子だそうですが知りません(^^;。「加藤肥後守忠広」
清正の子です。主君を裏切って手に入れたものは やっぱり長くは続かないということの証明ですかね(~_~;。「駿河大納言忠長」
いつの世も権力者の兄弟というのは悲惨なものです。「生駒壱岐守高俊」
親正の孫だそうです。 関ヶ原で親子敵味方に別れて家名存続を狙ったまではよかったが・・・。「加藤式部少輔明成」
嘉明の子です。主君を裏切って(以下略。「堀田上野介正信」
正盛の子だそうですが、そもそも正盛が誰だか知りません(笑)。 弟の正俊は綱吉擁立に成功して出世しているんですが。「松平中将光長」
忠長の子です。親子二代続けて廃絶とは、ん(・_・?、続けて廃絶(-_-?、 って、おい、それって形式的には廃絶だけど、 実質的には光長が継いでるようなもんじゃ・・・。