葉隠

訳編:奈良本辰也。角川文庫。

「武士道というは、死ぬことと見付けたり」
の一句で有名なもの・・・らしい(笑)。 九州でも指折りの武家である竜造寺家の流れを汲む佐賀鍋島藩の家臣、 山本常朝による十一巻の冊子を テーマ別に括り直し、分量を3割程度にまとめ、 読みやすい言葉に書き改めた作品です。
最近読み散らかした何かの作品中で、
帝国海軍では「葉隠」信奉者は出世できない、 とされる(理由は忘れてしまったが、確か些細なことのような) にもかかわらず、影ながら読み慕われていた、
などと書かれていたため、何となくその題が頭の片隅に 残っていたのが、神田の古本屋めぐりで偶然見付けて入手しました。 1冊100円のきったねえ本 (笑、なにしろ昭和48年出版の文庫本だもの) ですが、出会えて本当に良かったな、心から思う本。
記した本人が、 「自分の後学のため覚えていたものを 話のままに書きつけたものであり、 他人が見れば、あるいは遺恨や悪事にもなろうから、 かならず焼き捨ててくれ」 と申されているだけに、ときに独り善がりな意見も見受けられた 気もしたが、 人生の「心構え」を考えるのに絶対に読まずにはいられない1冊である。
武士、つまり殿様に仕えるもの、 の理想を根本においていろいろ述べているので、 現代人の価値観からすればそぐわないものではあるが、 でもなるべく多くの若者に読んでおいてもらいたいものだ。 例えば、
いつでも討死する覚悟に徹し、まったく死身になりきって、 奉公も勤め、武道も励んだならば、恥辱をうけるようなことはあるまい。 このようなことに少しも気がつかず、欲得やわがままばかりで日を送り、 何かにつけて恥をかき、しかもそれを恥とも思わないで 自分さえ気持ちがよかったら他人はどうでもよいなどと言って、 勝手気ままな行いをするようになってきたのは、 いかにも残念なことである。 平素から、いつ死んでも心残りはないという覚悟を決めていない者は、 きっと死場所もよくないだろう。 そして、平素から、いつ死んでも心残りはないという覚悟でいるならば、 どうして賤しい振舞いができよう。 このことをよくよく胸にたたんでおくことだ。
この文章を読んで何とも思わないものは、 果たして真剣に生きていると言えようか。 そんな奴はただ惰性で生き長らえているに過ぎない、と思うぞ。 まともな感性をもっておれば、読み終えた瞬間から 顔つきが変る(笑)、そんな1冊です。

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