著者:池宮彰一郎。上・下巻。新潮文庫。作品一覧へ
98年刊行、01年文庫化。
これは凄い、思わず唸ってしまいたくなるような傑作です。 題名の通り、島津家をモデルにした小説ですが、トーゼン中心人物は島津義弘。 物語は慶長の役の泗川会戦の場面から始まり、最後はやっぱり関ヶ原脱出行。 常に戦場に身を置いて、絶えず兵士たちの人心を掌握している義弘の姿は、 小説とわかっていても感動を覚えずには読めません。
タイトルの「奔(はし)る」は、私の見たところ二つの場面を表していると思われ、 ひとつはもちろん、あの有名な関ヶ原からの脱出行ですが、 もう一方は下巻の始めのあたり、 風雲急を告げる上方の情勢を伝え、軍が近いと援軍を要請し続ける義弘に、 不戦中立を主張して兵を出さない義久。 領主たちの不和を見るに見かねて、 主命を待たずに上方に疾走をはじめる家来たちのくだり。
「上方で戦(ゆっさ)じゃ!俺達(おいたつ)殿様(とのさあ)が、 お命危なか御難儀じゃっそうじゃ! 俺(おい)は先い走る!お前も早よ来い!」
もちろん小説とはわかっちゃいるんですけどね・・・。秀吉の朝鮮出兵の動機については、今もって謎とされておりますが、 著者はひとつの仮説を打ち出しております。 発案は治部少(石田三成)であり、理由は戦後不況を見越してだった、という。 異論・反論はあるかと思うが、これはこれで面白い説だと思いましたわ。
次に、徳川家臣団と家康の関係について。 関ヶ原もそうだが、家康の行動は何かと矛盾に満ちたものが多い。 律儀といわれながらときに強欲な餓狼に変貌し、 小心でありながらその行いは大胆、無謀だったりもする。 その説明がうまくつけられてると思います。 だからあの、関ヶ原直前まで続けられた大量の手紙の話も、こんなふうに。 一心不乱に手紙を書き続ける家康に対し、
正信 「もうおやめなされ、人の心というのは一通や二通の書状で 動くものではござりませぬ。天下を二つに分けての大戦、書いても書かいでも、 そう変りはありますまい」なんか笑える(^o^;。
家康 「ばかを申せ」
家康は、顔を真っ赤に染めて怒鳴った。
家康 「好んで始めた戦ではないぞ。わしはこうした勝ち目の定かでない戦はせぬと、 かねがね申しておったのに、その方ら、あるじをないがしろに治部少を追いつめおって・・・」
正信 「お言葉ではございますが、もう始まった戦・・・・・・これも天運、悔やんだとて、 どうにもなりませぬ」
正信は、もて余し気味にたしなめた。
―――困ったお方だ、この小心は生涯直らぬ・・・・・・。
三成についても笑える部分あり。小田原攻めのおり、忍城攻めを任されたときのこと。
秀吉は、おのれの敗戦を様々に理屈立てる三成に、笑って言ったという。あれと同じですな、「有り得ん事だ。敵の司令官は戦い方を知らん」(笑、わかる方)。 まあ何にせよ、定価で買っても後悔しないと思いますよ(上・下巻、各667円(税別))。
「佐吉(三成)よ、その方言い分あれば相手方に言え。 この城は落ちるが当然、落ちざるはそちらの間違いである、とな」