生きている兵隊

著者:石川達三。中公文庫。

虐殺があったとされる南京攻略戦を描くルポタージュ文学の傑作、 とリボンに銘打たれた作品。
第一回芥川賞を受けた気鋭の作家石川氏が中央公論特派員として 昭和13年に、つまり東京裁判でいう暴虐事件にやや遅れて現地を 取材して作り上げた作品である。 ところが当時これに先立って設置された大本営の言論統制によって、 発売禁止の処分を受ける。そのかなりの部分に伏字を用いたにもかかわらず。 本書は戦後刊行された完全復元版と一字一句対照し、 伏字部分に傍線をつけて明示した伏字復元版、ということである。
南京虐殺という事件、被害者三十万余というのは虚構にしても、 戦闘員を含めて数万の中国人が犠牲になったことは否定できないことだ。 一方で、不利になると軍服を脱ぎ捨て民間人に化ける敵正規兵や、 どうせ敵に奪われるなら、と自虐的になって町に放火したり、 武器を隠して近づいて油断している日本兵を襲う民間人も多かったのだから。
このような場合、無害な民間人と、有害な民間人と、実は軍人、を 戦場において区別することが容易であろうか、 というより前に自分が殺されるかもしれない。 そんな戦地にいた日本兵の立場からすると、戦場独特の心理状態も働き、 自分のも含めて命の価値を軽く考えるようになってしまったことは 無理もないことではなかろうか。
実際に中国戦線に従軍したからこそ描ける、日本軍の実態。 その内容が生々し過ぎたがために著者は当局から起訴され、 実刑判決まで被ってしまった、というのが頷ける内容である。 当時としてはインパクトがあり過ぎたんだろうな。

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