一死、大罪を謝す 陸軍大臣 阿南惟幾
著者:角田房子。新潮社。
80年刊行。
昭和20年4月、鈴木内閣で陸相に就任して以来、一貫して継戦を主張し続け、
8月14日、最後の御前会議の場においても、あくまで継戦を主張した阿南陸相。
しかしこれは彼の本心ではなく「腹芸」だった、とする説がある。
その頃の日本は、もはや勝つ見込みなどどこにもなかった。
まともに考えれば採るべき道はポツダム宣言の受諾しかないが、
内地と外地合わせて550万人の将兵を保有する日本陸軍が
最後の一戦を闘わずして降伏するなど納得するわけがなかった。
たとえ政府が降伏を認めたとしても、各地で陸軍が叛乱し、
勝手に継戦するか、クーデターが発生する危険が高かった。
今から考えると馬鹿げたようなことが当り前の時代があったのだ。
そんなころに陸を代表する任に就いた阿南大将。
その経歴は平凡で、陸大入試は3度失敗し、
戦地においても華々しい戦果などなく、どちらかというと
負けが多くて、はっきり言って戦下手という評価も受けている。
それでいて上からも下からも信任が厚かった、というのは
逆に言えば余程の「人物」だったのではないだろうか。
昭和20年8月15日朝、見事に自決を遂げた陸相・阿南惟幾。
玉音放送に先駆けたその自決こそが各地陸軍の暴走を食い止めた、
そういう意見もある。
そしてそれまでの愚直なまでの強硬論も実は陸の暴走を抑えるための
ポーズだった、という見方もできる。
それらの真実は別として、あの混乱の時代にそういう人物がいたことを
日本の国民は知っておくべきではないだろうか。
こういう人こそ、たとえ名前だけでも教科書に載るべきでは、と私は思う。
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