航空テクノロジーの戦い 「海軍空技廠」技術者とその周辺の人々の物語

著者:碇義朗。光人社NF文庫。

89年「海軍技術者たちの太平洋戦争」として刊行、 96年改題、文庫化。
職員・工員を含めて終戦時には約3万4千名を擁した といわれる日本最大の技術者集団である海軍空技廠。 その中で、飛行機部や飛行実験部といった目立つ部門でなく 材料部や発動機部など比較的地味な部門の人びとについて 取り上げたノンフィクション。
日本の軍用機は、その性能は間違いなく優秀だったが、 その飛行機に使われている部品の機能や信頼性、 さらに部品相互の配置や結合をいかにうまくするかといった問題、 ひと口にいえば、艤装の良し悪しにかかわる問題については ごく例外を除けばほとんど落第だったという。 燃料のガソリンやオイルの品質が悪かったこともあるが、 プラグ、発電機、高圧電纜などの品質、性能、 あるいは燃料、潤滑油、電気系統などの配管や配線、 つまり艤装に関することが、機体やエンジンそのものの 設計技術にくらべて著しく遅れていたことがその要因だったとか。 日本海軍唯一の水冷エンジン「アツタ」のエピソードは有名な話だが、 技術後発国だった我が国の基礎研究の遅れは日露戦争時代ならばともかく、 WWU時代には致命的だったようだ。

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