零式戦闘機
著者:柳田邦男。文春文庫。
77年刊行、80年文庫化。
ゼロ戦≠フ愛称で広く知られる日本の名戦闘機(十二試艦戦)を知らない非国み、もとい
日本人はよもやおらんと思うが、その設計者が堀越二郎氏であることや、
その前身である名機九六艦戦(九試単戦)の設計者も彼であったこと、
さらには両機の成功の影にその2年前に中島飛行機との競争試作で負けてしまった
七試艦戦のことまで知っている人はそうはおるまい(私も七試までは知らんかった(~_~;)。
結果的には敗れた七試艦戦だったが、このときに堀越によって見出された「抗ねじり材」の技術が
後の九六艦戦、零戦に引き継がれていったんだと思うと「その時歴史が動いた」んだね(笑)。
後の対米戦を前に帝国海軍内部は、大艦巨砲中心主義と航空戦力および潜水艦中心主義とに
意見が鋭く分かれたことは有名な話だが、その種の対立は航空兵器開発を巡っての
航空本部と艦政本部との間にもあったという。
軍人と雖も所詮は役人と同様、縄張り争いが大事なんだね(-o-)y=~~~。
ところで、あの源田實が戦前(昭和十二年ころまで)は戦闘機無用論者
(爆撃機の性能が向上して戦闘機の価値が下がる)だったというのは笑える話ですね
(初めて聞く話じゃないが)。
その後、零戦と出会って宗旨替えするんだが、後々敵国の重爆(B−29)によって
その持論を証明されることになったのは皮肉な話ですね(苦笑)。
この当時、機体の安全率は、不測の事態を考慮して、保安荷重
(通常の飛行中に加わる最大の力)の2.0倍の力にまで堪えられなければならない
と決められていた(後に1.8倍に改訂)が、頑丈ならなんでもいいかというとそうでなく、
今度は2.1倍の力でも、なお破壊されないとなると、頑丈に作り過ぎている、
言い換えるなら贅肉がついている(過重量)ということになったんだとか。
・・・戦闘機の設計って大変なんですね(汗)。
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