ムラクモヒシガタグモの生態(1)(2)(3) Kishidaia;(49),1982〜(51),1984]   BACK TO HOME


[Kishidaia、(49):22-25.1982]

     ムラクモヒシガタグモの生態(1)網型と捕虫
     Ecology of Episinus nubilus(1):The Web and Prey-Catching

     池田樽明(神奈川県立小田原城内高等学校。図及び文責)
     稲葉茂代・小川まゆみ・島津千秋・田村武子・鴇田明子・山口泉
 

Episinus nubilus spider
▲ムラクモヒシガタグモ(石の上に静止している。背面像)


    序

 神奈川県足柄下郡真鶴町岩で、ムラクモヒシガタグモの群棲地を発見(図1)。生態や行動の明確でなかったこのクモを観察できた。紙数の都合上、一挙掲載は無理なので、数回に分けて報告する。
 内容は次の様に予定している。T・網型と描虫、U・造網時刻と生願的地位、V.網の補修、W.日周活動、X・卵と卵のう、Y・幼生、Z・生活史、[・Episinus属について。造網行動と交尾行動、卵のう制作行動はAtypusに投稿した。観察者や個体番号の事は「ムラクモヒシガタグモ観察日記」として、小田原城内高等学校図書館に発表する。読者の煩雑さを避ける為と紙数の都合上の措置である。共著者は稲葉(契習助手)以外、本校生物研究部の2年生である。
 調査及び草稿に助言下さった新海栄一氏、文献と情報を紹介して下さった八木沼健夫博士、堀越雅弘、鈴木勝浩、新海栄一氏、いつもお世話になっている東京蜘蛛談話会の諸氏に感謝致します。
 尚、次回からは共著者を生物研究部とし、調査書名を本文中に記す。



▲真鶴町の
ムラクモヒシガタグモが
群生する石垣 (現在は無い)

▲ムラクモヒシガタグモの網型



    T.網型と捕虫   The web and prey-catching

 網型と捕虫法の概要は1981年の東京蜘蛛談話会合宿で新海栄一氏他によって観察され、東亜蜘蛛学会大会で新海氏が講演の際に報告された。以下の観察は1982年8月12日から29日に行なわれた。

 (1)]字型網
 網は基本的に]字型構造で、クモは]の中心より、やや下に定位し、第一脚を上糸にかけ、下糸を各々、糸疣、第3脚、第2脚、第1脚でおさえている(図2)。クモは下糸を各歩脚で引っ張って身体全体を下へ引きさげている。第1脚と第2脚の間の糸がたるんでいることもある。クモが糸をおさえている証拠である。雌雄とも網型は同じである。
 上糸の端はシダやカンスゲ、ツツジの葉先や枝に付着し、下糸の端は石垣の岩の表面に付着している。下糸がカタバミの菓などに付着している例もあった。下糸の端から5mmほど小さな粘球が観察された。粘球の数は雌の成体で20滴程である。地表から第1脚の先までは2〜4cm。
 クモは水平に上糸を張った後、上糸の中心から下がり、岩へ糸を付けてから糸を上る(Y字型になる)。上糸を少し横へ動いて、そこから下がって再び岩へ糸を付ける(H字型になる)。糸を上って、上糸と下糸の交点をもう一方へたぐり寄せる(]字型になる)。寄せた個所に糸玉ができるし、寄せ方の程度によっては、完全な]字型からH字型に近いものまでが存在する。クモは糸疣から新たに糸を引いていることもある。この時は]の中心の下糸の中央に糸がある。
 網の面は石垣に対して正面を向いているものが多い。クモは石垣の面に対して背を向けたり腹を向けたりして定位しており、途中で変わることもある。調査地の石垣は南々東を向いているが、別に北西向きや西向きの石垣にも造網していた。

   [図2 ]字型網上のクモ(腹面と側面)]

 (2)Y型網
 下糸のどちらかが欠けている網も見られた。ただし、この網は、観察した限りにおいては捕食中の個体であった。また、捕食していないものは、しばらく待っていると残りの下糸を張った。これは造網の途中か、なんらかの原因で下糸が切れてしまったものと思われる。造網の途中か、それとも下糸の一本が切れたのかは、]の中心部分に欠けている方向の糸の残りがあるかないかを見ることで判断できる。糸を欠いた方の第1脚は糸を探るような動きをすることがある(図3−5)。

 (3)逆Y字型網
 逆Y字型の網(入)もあるという。一例だけ見たが、ムラクモヒシガタグモよりひと回り大きかった。採集して確認しようとしたが、逃げられてしまった。飼育条件下でヒシガタグモは常に、この様な逆Y字型網を張ったので、この場合もヒシガタグモだった可能性がある。  
  [図3 捕虫(1〜4)と捕食姿勢(5,6)]

 (4)捕虫行動
 岩の表面を歩いている虫が下糸にかかると、糸は虫にくっつき、付着点から切れて虫は吊り上げられる。クモは、いったん虫の方に少し下がり(下がらないことも多い)、次に半回転して上を向き、虫をつり下げながら元の位置へ戻る。クモは続いて水平姿勢になり、第1脚を上糸にかけて身体を支え、第3脚で餌を持ち、第4脚で糸をかける。第2脚は上糸にかけて身体を支えることもあり、餌を支えることもある。いずれにしても第2脚は補助的に使われるようである(図3−1〜4)。
 餌に糸をまく姿勢はマネキグモのやり方に似ている(新海・新海、1981)。

▲アリを吊り上げたムラクモヒシガタグモ

 糸をかけ終わるとクモは上糸をたぐって上方に移動したのち、主に片方の第1脚と第4脚で糸を支え捕食をする(図3−6)。歩脚は糸を持ちかえることもある。
 以卜は下糸が2本とも切れた場合であるが、下糸が1本残る場合も冬く、その時は、クモは餌に糸をかけたのち、上糸をたぐらずに中央で下向きになり捕食を始める(図3−5)。捕食中に残った下糸に再び虫がかかることもある。
 下糸が2本とも切れてしまうのは、虫がかかった直後のクモ自身の動きによる偶然と思われるが断定はできない。
 餌としてかかるのは、アリ(3−6mm長)、ウンカ(4mm長)である。ナメクジやムカデがひっかかると下糸は切れてしまう。ワラジムシをつりあげた例も見たが、観察者が近づいた為か捕食せず落としてしまった。他に8月中旬に夜、岩の表面を歩き回っているのはイシノミやヤバネウラシマグモである。

 (5)網型の考察
 Bristowe(1958)は、Episinus angulatusの網をH字型と記し、描かれた図では下糸が第4脚の端から締まっており、第3脚はやや伸びて下糸にかけられている。ムラクモヒシガタグモの例から推測するとHolm(1938)の図の方が基本型と思われる。しかし、Bristowe はHolmの論文を見ているので即断はできない。
 室内にしつらえたテラリウム内でも容易に造網し捕虫し、産卵する。

 参考文献 Bristowe,WS.(1958).TheWorld of Spiders.Pp.i-xiii+304.London,Collins.
 Holm,Å.(1938).Beitrage zur Biologie der Theridiiden. Festschrift fur Prof.Dr.Embrik Strand.Vo1.V:56−67.Fig.1−7.
 新海栄一・新海明、(1981).1本網の狩人、アニマ,9(9):50−56.平凡社.
 池田博明・生物研究部.(1983).ムラクモヒシガタグモ観察日記、小田原城内高等学較図書賠紀要.6(印刷中)


[Kishidaia、(50):1-6.1983]

 ムラクモヒシガタグモの生態(2)造網時刻と生態的地位、網の補修、日周活動
 Ecology of Episinus nubilus(1):The Nocturnal Behaviour, The Niche, The Web Mending and The Daily Activity

   池田樽明(神奈川県立小田原城内高等学校)・生物研究部

   U.造網時刻と生態的地位 The Nocturnal Behaviour and The Niche 

 神奈川県足柄下郡真鶴町岩地区でのムラクモヒシガタグモの調査地となった石垣を図1に示した。石をコンクリートで埋め込んだものの上が段になっている。段から上は石を凸凹に埋め込み、雑木(シダ、カンスゲ、ツツジ等)を植えてある。クモは石垣の段上に造網する。はば15m程の石垣で、8月12日から17日までに網を観察した地点をP1からP12とした。調査は1982年である。
 網が見られるのは、日没から夜明けまでである。赤城神社の縁の下では昼だったが、この石垣では日中に網は見られなかった。
 クモが網を張り出すのは、8月の場合、暗くなり出す19時頃からである。個体によっては22時頃に造網する場合もある。8月15日の調査では、18時に0頭、19時に3頭、20時に6頭、21時に7頭を数えた(図2上段)。図2で丸で囲んであるのは、その時点で捕食中の個体を表している。
 網をしまう時刻は、夜が明ける4時頃からと思われる。8月14日の調査では、4時30分には半数近くに減り、5時10分には1個体のみ。8時には造網している個体はいない(図2中段)。
 これらの調査結果から、ムラクモヒシガタグモは夜行性であると結論できよう。ただし、室内のテラリウムで部屋を暗幕でおおった場合、昼でも糸を流したり、枝上を歩き回ったり、造網したりした。日周活動についてはWで検討する。
 [図2.網の観察された時刻と地点(上段:造網開始時刻、中段:造網終了時刻、下段:造網地点の日変化]
 日が短くなるにつれ、造網開始時刻は早くなり、暗くなっていないうちに網が観察されるようになる。9月20日の調査では、16時50分に3頭の網を観察、うち1頭はアリを捕食中であった。暗くなるまでには、まだ1時間ある。 同じ地点に同じ個体が造網するとは断言できない。テラリウム内でも造網地点は日によって変わる。しかし、造網しやすい地点、造網しやすい空間というのはあるようだ(図2下段)。この石垣では、石垣の段上に葉や枝がかぶさっているところである。クモはいったん造網した地点を、その晩のうちに変えるようなことは、ほとんどしない。虫がかからなくても網上で待っている。虫がかかって、捕食し終えれば、切れた下糸を張り直す。この時も上糸は残っているのだから(池田ほか1982)、結局、できあがる網の位置はほとんど変わらないのである。
 調査地の石垣でムラクモヒシガタグモと同じ生態的地位をもつものは、オオヒメグモとヒシガタグモである。同様の空間に造網し、網型こそ違うが、捕虫法は同じである。ただし、この石垣では、ムラクモヒシガタグモに比べて、オオヒメグモの網は少なかった。段上から枝にかけての網は、8月には1例を観察しただけである。ヒシガタグモについては、採集しそこなった8月15日の例を別にすれば、9月20日にP6付近とP12より1m左の地点で計2頭観察しただけである。P6付近のヒシガタグモは中型のアリ(6mm長)を1本の糸の途中で捕食しているところだった。この個体を持ち帰ったところ、テラリウム内で逆Y字型の網を張り、捕虫し、産卵した。P12左のヒシガタグモは、19時40分に岩の上で見つけたものだが、その後2時間、水平に張った1本の糸の途中まで出てくるだけで造網しなかった。
 雑木の間に造網していたクモについて記しておこう。8月には、ナガコガネグモ、ヒメグモ、ジョロウグモである。これらはムラクモヒシガタグモの造網空間より、ずっと上に造網している。ムラクモヒシガタグモの造網空間に影響を与える地点、石垣の段上の奥まったところに造網しているのは、サラグモの一種(ヘリジロサラグモと思う)1頭だった。
 徘徊性のクモでこの石垣で見たのは、8月には、ヤバネウラシマグモ。9月20日には、アオオビハエトリとカニグモの一種の幼生、10月1日にはアシダカグモ幼生であった。
 なお、調査地とした石垣は、1982年12月8日からの道路拡張工事のため、完全に取り壊されてしまった。

   V.網の補修 The Web Mending

 網の下糸が切れると、ムラクモヒシガタグモは網を補修する。捕虫した場合は、食べ終えて、食べかすを捨て、歩脚を口で清掃した後、下糸を張り直す。結局、補修行動は造網行動の途中から始まるものとみなすことができる。捕食時間は餌の大小によるが20分から2時間半まである。
 下糸が1本残る場合は、クモは上を向き、上糸の上に乗り、切れた下糸の方へ動いて。そこから鉛直に糸を引きながら下がって下糸を張る。下糸が2本とも切れた場合には、図3-1(8月17日23時25分)のように、造網行動の始めの方、つまり上糸の確保(@A)、そして上糸の伸長(BCD)から始める例もあれば、図3-2(8月21日22時40分)のように、捕食位置から少し中央に寄った(@)だけで、すぐに下糸を張る例もある。
 上糸を伸長するかしないかは、捕虫前と捕虫後のクモの高さによって決まる。捕虫し、捕食する時に上糸をたぐった場合には、上糸は伸長されるのである。図3-2の例では、風が強かったために、網はいつもより低い位置に張られていたのである。この網の上糸は水平に近く、捕虫したのちに上糸をたぐりようもなかった。
 失敗してやり直す例がある(図3-1)。この例では、Y字型網にした後、クモは2番目の下糸を張ろうと、いったんは右へ下りたが(F)、岩に着かぬうちに、上を向き糸をたぐって戻ってきてしまった。すぐに最初の下糸の左側へ行って(G)、そこから下り直した(H)。
 最初の糸が水平でなく、斜めに張られてしまい、右下糸と左下糸が3cm程離れてしまった例があった(図3-3.8月22日22時30分)。この時、クモは、上糸の上を後で張った左下糸から右下糸のところまで行き(D)、次いで左へ戻ってきた。糸をたぐり寄せようとせず、そのまま上糸の上を伝って岩の方へ行ってしまった(E)。そこで糸を流したが、しばらくしてやめ、岩のくぼみの方へ歩いて行ってしまった。風が強いのであきらめたらしい。
 [図3.網の補修例(1.下糸を下ろす方向を変えた例、2.上糸の伸長をしない例、3.下の糸が離れた例.点線は最初の糸を表す]
 補修行動の観察からは、造網行動における各動作の解発因が、簡単には決められないことを知った。たとえば、クモは自分の高さを糸とクモの作る角度で知覚するのだろうか。網をもっと調べて結論を出す必要があろう。

   W.日周活動 The Daily Acytivity 

 野外観察から、ムラクモヒシガタグモは夜行性であると結論したが、それが何によって支配されているのか、どの程度厳密なのかといったことははっきりしなかった。なにより初めて捕虫を見たのが、うす暗い縁の下とはいえ、日中であったのが気になっていた。そこで、室内で恒暗条件を作り出し,本種の活動を支配する要因としての太陽光の効果を調べることにした。
 9月20日に調査地で採集したメス成体3頭を1頭ずつ別のテラリウムに入れ、その活動を調べたものを図4に表した。♀1は□、♀2は△、♀3は〇の記号で示してある。行動の段階として、野外では日中、枝上で静止しているので、それを下位に置いた。「不明」は網が見出されず、テラリウムの外からガラスごしに見て、どこにいるか分からないものである。クモが動かないので見落とした場合と、死角に入った所でじっとしている場合がある。9月25日の17時から、9月28日の夜9時までは、教室の暗幕を引いて真っ暗にした。テラリウムは600mm×285mm×360mmのアクアリウムに砂をしき、岩を入れ、枝を数本入れたもので、教室の床に置き、水槽の上は小穴を開けた板でフタをした。クモは枝に上糸をつけ、砂や岩に下糸をつける。
 実験には不充分な点が多い。一昼夜の継続観察は26日の20時から27日の18時までの一度だけであること、恒温でないこと、照度や温度を記録していないこと、恒暗にする前に明暗リズムにどの程度順応したかを確認していないこと、恒明条件での実験をしていないこと等がある。
 しかし、太陽光の遮断が本種の活動性を高めたことは明らかだろう。暗黒下では半日造網しない、または網を補修しないことはなかったからである。「水平の糸上」にいるのは、造網の準備をしているか、または捕食後であるから、活動性は高まっているとみなしてよいと思う。
 また、いったん網を張ると、テラリウム内の無風条件では、糸が切れることもないので、虫がかかるまで網上で待つ場合があるようだ。22日の日中の♀2△の網は、そうして残ったものだろう。
 ムラクモヒシガタグモの日周リズムは、太陽光の有無によって作り出されているのだろう。どの程度、生物時計のようなクモの内因が関与しているかは明らかではない。

[図4.テラリウム内メス成体3頭の活動記録.9月22日から29日まで.24日17時から28日9時まで暗黒]

  関連文献
 池田博明ほか,1982.ムラクモヒシガタグモの生態(1)網型と捕虫.Kishidaia,(49):22-25.
 池田博明ほか,1983.ムラクモヒシガタグモの造網・交接・卵のう制作.Atypus,(投稿中).
 池田博明・生物研究部,1983.ムラクモヒシガタグモ観察日記.小田原城内高等学校図書館紀要,(6):65-74. 


[Kishidaia,(51):1-6,1984]

   ムラクモヒシガタグモの生態(3)卵と卵のう、幼生と令の判定
   Ecology of Episinus nubilus(3):The Egg,The Cocoon and The Determination of The Instars

     池田博明・生物研究部
    (神奈川県立小田原城内高等学校)

   X.卵と卵のう The Egg and The Cocoon

 1982年9月20日に神奈川県足柄下郡真鶴町岩地区で採集した成体メス3頭は、それぞれ小田原市の城内高校内のテラリウムで卵のうを作った。卵のうはいずれも白い球形で、直径は5mm前後である。これらムラクモヒシガタグモEpisinus nubilusの卵のうは、ヒシガタグモEpisinus affinisや、ヨーロッパのEpisinus truncatusの卵のうとは異なり、糸が細いように思われた。卵のうの糸の幅を測定してみると、ヒシガタグモではどの部分でもほぼ一定しており19μm前後である。実際にはこれは1本が幅6μm程の糸が4本合わさったものである。これに対して、ムラクモヒシガタグモの卵のうの糸の幅は1本が2.8μm程である。ヒシガタグモの約半分である。しかも、これはヒシガタグモのように4本が合わさっているところもあれば、バラバラになっているところもあるといった具合で、一定していないことが解った。ヒシガタグモに比べてムラクモヒシガタグモの卵のうの外見の印象、やわらかそうな、ふわふわした感じは、糸自体の細さと、出糸突起から同時に放出された4本の糸が必ずしも1本にまとめられていないことによるものである。
 卵のう制作行動と卵のうの図は、東亜蜘蛛学会誌Atypus(82)に報じた。
 卵のうは袋にはなっておらず、卵塊にくり返し糸がかけられていって出来る型のものである。
 さて、テラリウム内で、ヒシガタグモが作った卵のうが1個、ムラクモヒシガタグモについては♀1が2個、♀2が1個、♀3が2個であった。このうちそれぞれの1個めの卵のうは9月28日の15時50分に発見したものである。テラリウム内の石の下に付けられていたので見えなかったのだ。9月21日以降に産卵したものであるが、産卵日は推測もつかない。計5個の卵のうの内、♀1の卵のう1個を9月29日に開けて、卵数や卵のうの構造を調べた。他の4個の卵のうの内、出のうしたのはヒシガタグモの1個だけであった。出のうしなかった卵のうは1983年1月24日に全部開いて調べた。
 結果をまとめると次の如くである。なお、卵1個の直径は656μmであった。

  ♀1 first cocoon;61 eggs(卵のうの直径5mm)
    second cocoon;50 eggs(9月30日8時30分に卵のう制作を発見。それから約1時間かかって作りおえた。卵のうの直径5.4mm。卵のうの外からうっすらとみえる卵塊の直径は2.4mm、ただし卵は乾燥していた。)
  ♀2   cocoon;18 eggs (卵のう直径5mm。卵は乾燥していた。)
  ♀3 first cocoon;46 larvae(卵のうの直径6.5mm。1令幼生が出のうせずに死んでいた。ふ化日は不明だが、10月14日に卵のう内が黒っぽくなったと田村が記録している。この時、ヒシガタグモの卵のう内も、黒っぽくなっていたことに気がついている。卵のう内にふ化しなかった卵は発見できなかった)
     Second cocoon 53 eggs (卵のうの直径5mm。9月30日16時28分に卵のう制作を発見。卵は乾燥していた。)

 ちなみに、ヒシガタグモでは、卵のうを9月28日15時50分に発見、10月14日に黒っぽくなったことに気がっき、10月23日(土)8時40分、鴇田が穴があいているようだと記録し、10月25日(月)16時に、2令幼生が33頭出のうしているのに気がついた。これらの幼生は網を張らず、従って捕食もしなかった。 まとめてみよう。ムラクモヒシガタグモは少くとも2個の卵のうを作る。1個めと2個めの間に交接は必要ではない。2個めの卵のうは卵数が減るのだろう。♀2の卵数が少ないのは、この卵のうが♀2にとって、2個めか、それ以降の卵のうだからであろう。♀2はテラリウム内から、最も早く9月29日に見えなくなってしまった。死体を発見できなかったが、弱ったか死んだものであろう。♀1や♀3は10月1日までは糸を出し活動したが、それ以後は、ガラス面や石の下でじっとしているだけであった。卵を産み終えて腹部はやせ細っている。全く動かなくなったので、死んだと思い、アルコールに入れたところ、♀1も♀3も生きていた(♀1は10月4日。♀3は10月19日。)
 1983年には9月10日にムラクモヒシガタグモのメス3頭を採集してテラリウム内で飼育したが、卵のうを作らずに7日から10日ほどして、死んでしまった。1982年の結果は幸運だったわけである。ヒシガタグモでは、産卵から出のうまで3週間以上かかった。ムラクモヒシガタグモでも同様かもしれないが、結論は調査ができてからにしたい。
Y・幼生と令の推定 The Determination of The Instars  生活史を明らかにしたいが、飼育が出来ていない。そこで、間接的ではあるが、採集個体の大きをを計測した。標本は1983年8月13日0時に岩地区の民家の垣根で採集した35頭(メス成体10頭、オス成体2頭、オス亜成体5頭、オス幼生1頭、その他幼生17頭)である。
 1頭ずつ、それぞれの体長、背甲長、背甲幅、眼間幅(後列眼の最大幅。図1参照)を光学顕微鏡で接眼マイクロメーターを用いて計測した。倍率は眼間幅のみ60倍(15×4倍)で、他は28倍(7×4倍)で行なった。 [図1 眼間幅. Fig.1.The posterior eye row length.]

[図2、背甲幅と体長の相関.。背甲幅と背甲長の相関.,背甲幅と眼間幅の相関. Fig.2 Distribution of(A)total length and carapace width,(B)carapace length and width,(C)posterior eye row length and carapace width of each stages of Episinus nubilus in Manadzuru.13-Z-1983;adult♀(◎),adult ♂(回・nymph♂(■),nymph(○)]

[図3.ムラクモヒシガタグモの3令幼生(The 3rd instar)]

 背甲幅と体長、背甲幅と背甲長の関係を図2のAとBに示した。図中の二重丸(◎)はメス成体、二重角(回)はオス成体、黒角(■)はオス、白丸(○)はその他を表す。 背甲幅と体長、背甲幅と背甲長には、ゆるい相関がみられる。しかし、点が連続していては、令を区分することができない。令を区分するには不連続な境界がなければならない(浜付、1971.鈴木、1979)。背甲幅と背甲長の図2Bで、点は4つの集団に区分される。集団ごとに点線で囲み、境界線を縦の十字点線で示した。同じ点を背甲幅と体長の図2Aで囲んでみると、矢印(↓)で示した点が、どちらの集団に属するかが曖昧になる。これも、背甲幅と背甲長の方では、より明確に区分される。尚、グラフの縦横は接眼ミクロメーターの目盛数であり、7×4倍では、1目盛は40μmである。 秋田(1979)は、オオヤミイロカニグモ Xysticus saganusの令査定にあたって、背甲幅は脱皮後2〜3日ぐらい伸長しており、安定までに数日を要するという欠点を指摘しており、眼間幅(後列眼間隔。最右眼から最左眼間の最大幅)がより適当であったと報じている。
 そこで、背甲幅と眼間幅の相関をとってみたのが図2のCである。これも確かに境界の重なりのほとんどない区分ができる。ここで横軸の目盛数は、1目盛18.7μmである。
 しかし、背甲幅と背甲長でも点は同じ集団に区分されており、この8月13日の集団に限っては例外はない。眼間幅の測定は、光源が弱かったり、眼が歩脚で隠れたり、倍率が高くて焦点深度が浅かったりで、面倒な点が多い。今回の結果から推定する限り、背甲幅を基本にしてムラクモヒシガタグモの令査定をするのが実用的と思われる。 以上の結果をまとめ、以下の様に令を設定してみた。飼育での確認が出来るまでの仮りの令としておきたい。
   T令;卵のう内でふ化した令。
   U令;出のうしたばかりの令。造網せず捕食しないと推測している。
   V令;造網し、小さな羽虫を捕食する。背甲幅480(7×4倍で接眼12目盛)から640μm(16目盛)。背甲長600(15目盛)から680(17目盛)μm。体長は1800μm以下。眼間幅168μm〔15×4倍で接眼9目盛〕前後。
   W令;背甲幅680(17目盛)から800μm(20目盛)。背甲長840(21目盛)から880μm(22目盛)。眼間幅187〔10目盛〕から224μm〔12目盛〕。
   V令;亜成体である。背甲幅880(22目盛)から1040μm(26目盛)。背甲長920(23目盛)から1240μm(31目盛)。眼間幅は234〔12・5目盛〕から280μm〔15目盛〕。体長は2.5から3.5mm。 
   Y令;成体である。背甲幅は1280μm(32目盛)以上。背甲長は1440μm(36目盛)以上。体長はオスは3.5mm程度。メスは3.7から5mm程度。
 性別はW令からはっきりする。オスは触肢の先がややふくらみ紡錘形となる。X令ではオスの触肢の先端は丸くふくれ、次第に黒ずんでくる。メスの外雌器部分の変化は顕著ではない。
 Y令で成体になるということが、正しいかどうかは無論、明らかではない。また、ムラクモヒシガタグモの成体オスは、6月8日と、8月12日以降の採集標本中にあり、その化性も明確には断定できない。真鶴以外の地域で、このたび設定した尺度が有効かどうかについても、それを判断するだけの資料を持たない。数値が細かすぎると考える人もあろうが、測定誤差を免れないと私は考えているので、曖昧にするのは何の意味もないと思う。 Foelix(1982)に「小型のクモは数回(約5回)の脱皮を要する」という記述がある。出典はBonnet(1930)だそうである。Y令までならば、脱皮回数は5回である。
 成体では雌雄に体長の違いが大きいが、背甲の大きさはそれほど差がない。考えてみれば、これは当然のことかもしれない。触肢に生殖器を備えているのだから、あまり差があっては、メスの外雌器に合わず不都合であろう。個体差が小さいのも、その辺に理由があるのだろう。
 なお、ムラクモヒシガタグモの特徴は、V令幼生から、はっきり出ており、図3にそれを示した。ただし、背甲や腹背の紋は、ヒシガタグモの幼生も似ている。ムラクモヒシガタグモの幼生は、ヒシガタグモの幼生と異なり、胸板や腹部腹面が黒っぽいのが特徴である。ヒシガタグモの幼生は、どちらも白い。これは成体でも同様である。ムラクモヒシガタグモとヒシガタグモの幼生は腹面で区別できるが、シモフリヒシガタグモ等、他のヒシガタグモ属との区別点は、標本も無く、明らかでない。

   Z 補促と後記

 当初の予定では、生活史とEpisinus属についても書くはずだったが、調査、標本、文献ともに不足しており、数年後に稿を新たにするつもりである。本稿は今回で終了する。ムラクモヒシガタグモの生態Ecology of Episinus nubilusという大層な標題を掲げてしまい、後悔している。
 せいぜい、ムラクモヒシガタグモの習性Habits of Episinus nubilusぐらいにすべきであった。ともあれ、まだ未解決の問題は多い。今後も調査して少しでもクモの生きかたにふれることができれば幸いと思っている。
 若干の補足をしておく。
(1)ムラクモヒシガタグモは、造網の際、どのようにして自分の位置を決めるのか。
 網上のクモから地面までの距掛ま、ほぼ一定である。上糸を伸長する時に、その長さをどのようにして決めるのだろうか。この疑問に解答が与えられたので報告する。なんのことはない。いったん、地面まで下りてみるのであった。 1983年9月12日(月)24時、テラリウム内の成体メスは、上糸を渡り、伸長した後、中央から糸を引いて下がってきた。ところが、クモの位置が高かった為、この下糸は大変に長くなってしまった。20cm以上あった。すると地面に着いた後、クモは下糸を切りながら上ってきて、もう一度、上糸を十分伸長しなおし、自分の位置を低めてから、下糸を下ろしたのであった。
  Atypus(82)に報じた例(1982年8月17日。稲葉他の観察)のように、途中でやめ、糸を流し直す場合もあるのだろう。しかし、いったん地面まで行ってみるというのが、より一般的な方法ではないだろうか。
(2)新毎明氏より、Hillyard(1983)の論文をいただいた。英国でほぼ50年ぶりに採集され、初めて♂も明らかになったEpisinus maculipesの再記載である。体長はムラクモヒシガタグモ程度だが、若干色がうすく、逆Y字型の網を破る点では、ヒシガタグモに似ている。この論文でも上糸(upper thread)と下糸(lower thread)と表していたが、機能の点からいえば、Foelix(1982)がSteatoda castaneaの図で記しているように、支持糸(Supporting thread)と粘糸(trap thread)とする方が適切と思われる。

 最後に、池田ほか共同調査者の氏名を記しておく。U、造網時刻と生態的地位(稲葉茂代・小川まゆみ・山口泉)。V・網の補修(稲葉・小川・山口)。W・日周活動(山口・小川・鴇田明子・島津千秋・田村武子)。X・卵と卵のう(稲葉・小川・山口・島津・鴇田・田村)。Y.幼生と令の判定(8月13日の採集協力〜稲葉・山口・小川・鴇田・田村・露木瑞穂・中村利江・野際のぼる・佐膝伸一)。

                        参考文献
秋田米治、1979・オオヤミイロカニグモの令の判定.Acta arachno1.,28(2):91-95.
Foelix,R.F.1982.Biology of Spiders.Harvard Univ.Press.
浜村徹三、1971.キバラドクグモPirata subpiraticusの生態T。Acta arachnol.,23:29-36.
Hillyard,P.D.,1983. Episinus maculipes Cavanna (Araneae,Theridiidae): rediscovery in Britain. Bu11.Brit.arachnool.Soc.8(2):88-92.
鈴木勝浩。1979・ウヅキコモリグモの生活史を主とした生態研究。第22回日本学生科学賞選集:149−154.聖文社.

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