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[Kishidaia,(51):1-6,1984]
ムラクモヒシガタグモの生態(3)卵と卵のう、幼生と令の判定
Ecology of Episinus nubilus(3):The
Egg,The Cocoon and The Determination of The
Instars
池田博明・生物研究部
(神奈川県立小田原城内高等学校)
X.卵と卵のう The Egg and The Cocoon
1982年9月20日に神奈川県足柄下郡真鶴町岩地区で採集した成体メス3頭は、それぞれ小田原市の城内高校内のテラリウムで卵のうを作った。卵のうはいずれも白い球形で、直径は5mm前後である。これらムラクモヒシガタグモEpisinus
nubilusの卵のうは、ヒシガタグモEpisinus affinisや、ヨーロッパのEpisinus
truncatusの卵のうとは異なり、糸が細いように思われた。卵のうの糸の幅を測定してみると、ヒシガタグモではどの部分でもほぼ一定しており19μm前後である。実際にはこれは1本が幅6μm程の糸が4本合わさったものである。これに対して、ムラクモヒシガタグモの卵のうの糸の幅は1本が2.8μm程である。ヒシガタグモの約半分である。しかも、これはヒシガタグモのように4本が合わさっているところもあれば、バラバラになっているところもあるといった具合で、一定していないことが解った。ヒシガタグモに比べてムラクモヒシガタグモの卵のうの外見の印象、やわらかそうな、ふわふわした感じは、糸自体の細さと、出糸突起から同時に放出された4本の糸が必ずしも1本にまとめられていないことによるものである。
卵のう制作行動と卵のうの図は、東亜蜘蛛学会誌Atypus(82)に報じた。
卵のうは袋にはなっておらず、卵塊にくり返し糸がかけられていって出来る型のものである。
さて、テラリウム内で、ヒシガタグモが作った卵のうが1個、ムラクモヒシガタグモについては♀1が2個、♀2が1個、♀3が2個であった。このうちそれぞれの1個めの卵のうは9月28日の15時50分に発見したものである。テラリウム内の石の下に付けられていたので見えなかったのだ。9月21日以降に産卵したものであるが、産卵日は推測もつかない。計5個の卵のうの内、♀1の卵のう1個を9月29日に開けて、卵数や卵のうの構造を調べた。他の4個の卵のうの内、出のうしたのはヒシガタグモの1個だけであった。出のうしなかった卵のうは1983年1月24日に全部開いて調べた。
結果をまとめると次の如くである。なお、卵1個の直径は656μmであった。
♀1 first cocoon;61 eggs(卵のうの直径5mm)
second cocoon;50 eggs(9月30日8時30分に卵のう制作を発見。それから約1時間かかって作りおえた。卵のうの直径5.4mm。卵のうの外からうっすらとみえる卵塊の直径は2.4mm、ただし卵は乾燥していた。)
♀2 cocoon;18 eggs (卵のう直径5mm。卵は乾燥していた。)
♀3 first cocoon;46 larvae(卵のうの直径6.5mm。1令幼生が出のうせずに死んでいた。ふ化日は不明だが、10月14日に卵のう内が黒っぽくなったと田村が記録している。この時、ヒシガタグモの卵のう内も、黒っぽくなっていたことに気がついている。卵のう内にふ化しなかった卵は発見できなかった)
Second cocoon 53 eggs (卵のうの直径5mm。9月30日16時28分に卵のう制作を発見。卵は乾燥していた。)
ちなみに、ヒシガタグモでは、卵のうを9月28日15時50分に発見、10月14日に黒っぽくなったことに気がっき、10月23日(土)8時40分、鴇田が穴があいているようだと記録し、10月25日(月)16時に、2令幼生が33頭出のうしているのに気がついた。これらの幼生は網を張らず、従って捕食もしなかった。 まとめてみよう。ムラクモヒシガタグモは少くとも2個の卵のうを作る。1個めと2個めの間に交接は必要ではない。2個めの卵のうは卵数が減るのだろう。♀2の卵数が少ないのは、この卵のうが♀2にとって、2個めか、それ以降の卵のうだからであろう。♀2はテラリウム内から、最も早く9月29日に見えなくなってしまった。死体を発見できなかったが、弱ったか死んだものであろう。♀1や♀3は10月1日までは糸を出し活動したが、それ以後は、ガラス面や石の下でじっとしているだけであった。卵を産み終えて腹部はやせ細っている。全く動かなくなったので、死んだと思い、アルコールに入れたところ、♀1も♀3も生きていた(♀1は10月4日。♀3は10月19日。)
1983年には9月10日にムラクモヒシガタグモのメス3頭を採集してテラリウム内で飼育したが、卵のうを作らずに7日から10日ほどして、死んでしまった。1982年の結果は幸運だったわけである。ヒシガタグモでは、産卵から出のうまで3週間以上かかった。ムラクモヒシガタグモでも同様かもしれないが、結論は調査ができてからにしたい。
Y・幼生と令の推定 The Determination of The Instars
生活史を明らかにしたいが、飼育が出来ていない。そこで、間接的ではあるが、採集個体の大きをを計測した。標本は1983年8月13日0時に岩地区の民家の垣根で採集した35頭(メス成体10頭、オス成体2頭、オス亜成体5頭、オス幼生1頭、その他幼生17頭)である。
1頭ずつ、それぞれの体長、背甲長、背甲幅、眼間幅(後列眼の最大幅。図1参照)を光学顕微鏡で接眼マイクロメーターを用いて計測した。倍率は眼間幅のみ60倍(15×4倍)で、他は28倍(7×4倍)で行なった。
[図1 眼間幅. Fig.1.The posterior eye row length.]
[図2、背甲幅と体長の相関.。背甲幅と背甲長の相関.,背甲幅と眼間幅の相関. Fig.2 Distribution of(A)total
length and carapace width,(B)carapace length
and width,(C)posterior eye row length
and carapace width of each stages of Episinus
nubilus in Manadzuru.13-Z-1983;adult♀(◎),adult
♂(回・nymph♂(■),nymph(○)]
[図3.ムラクモヒシガタグモの3令幼生(The
3rd instar)]
背甲幅と体長、背甲幅と背甲長の関係を図2のAとBに示した。図中の二重丸(◎)はメス成体、二重角(回)はオス成体、黒角(■)はオス、白丸(○)はその他を表す。 背甲幅と体長、背甲幅と背甲長には、ゆるい相関がみられる。しかし、点が連続していては、令を区分することができない。令を区分するには不連続な境界がなければならない(浜付、1971.鈴木、1979)。背甲幅と背甲長の図2Bで、点は4つの集団に区分される。集団ごとに点線で囲み、境界線を縦の十字点線で示した。同じ点を背甲幅と体長の図2Aで囲んでみると、矢印(↓)で示した点が、どちらの集団に属するかが曖昧になる。これも、背甲幅と背甲長の方では、より明確に区分される。尚、グラフの縦横は接眼ミクロメーターの目盛数であり、7×4倍では、1目盛は40μmである。 秋田(1979)は、オオヤミイロカニグモ
Xysticus saganusの令査定にあたって、背甲幅は脱皮後2〜3日ぐらい伸長しており、安定までに数日を要するという欠点を指摘しており、眼間幅(後列眼間隔。最右眼から最左眼間の最大幅)がより適当であったと報じている。
そこで、背甲幅と眼間幅の相関をとってみたのが図2のCである。これも確かに境界の重なりのほとんどない区分ができる。ここで横軸の目盛数は、1目盛18.7μmである。
しかし、背甲幅と背甲長でも点は同じ集団に区分されており、この8月13日の集団に限っては例外はない。眼間幅の測定は、光源が弱かったり、眼が歩脚で隠れたり、倍率が高くて焦点深度が浅かったりで、面倒な点が多い。今回の結果から推定する限り、背甲幅を基本にしてムラクモヒシガタグモの令査定をするのが実用的と思われる。 以上の結果をまとめ、以下の様に令を設定してみた。飼育での確認が出来るまでの仮りの令としておきたい。
T令;卵のう内でふ化した令。
U令;出のうしたばかりの令。造網せず捕食しないと推測している。
V令;造網し、小さな羽虫を捕食する。背甲幅480(7×4倍で接眼12目盛)から640μm(16目盛)。背甲長600(15目盛)から680(17目盛)μm。体長は1800μm以下。眼間幅168μm〔15×4倍で接眼9目盛〕前後。
W令;背甲幅680(17目盛)から800μm(20目盛)。背甲長840(21目盛)から880μm(22目盛)。眼間幅187〔10目盛〕から224μm〔12目盛〕。
V令;亜成体である。背甲幅880(22目盛)から1040μm(26目盛)。背甲長920(23目盛)から1240μm(31目盛)。眼間幅は234〔12・5目盛〕から280μm〔15目盛〕。体長は2.5から3.5mm。
Y令;成体である。背甲幅は1280μm(32目盛)以上。背甲長は1440μm(36目盛)以上。体長はオスは3.5mm程度。メスは3.7から5mm程度。
性別はW令からはっきりする。オスは触肢の先がややふくらみ紡錘形となる。X令ではオスの触肢の先端は丸くふくれ、次第に黒ずんでくる。メスの外雌器部分の変化は顕著ではない。
Y令で成体になるということが、正しいかどうかは無論、明らかではない。また、ムラクモヒシガタグモの成体オスは、6月8日と、8月12日以降の採集標本中にあり、その化性も明確には断定できない。真鶴以外の地域で、このたび設定した尺度が有効かどうかについても、それを判断するだけの資料を持たない。数値が細かすぎると考える人もあろうが、測定誤差を免れないと私は考えているので、曖昧にするのは何の意味もないと思う。 Foelix(1982)に「小型のクモは数回(約5回)の脱皮を要する」という記述がある。出典はBonnet(1930)だそうである。Y令までならば、脱皮回数は5回である。
成体では雌雄に体長の違いが大きいが、背甲の大きさはそれほど差がない。考えてみれば、これは当然のことかもしれない。触肢に生殖器を備えているのだから、あまり差があっては、メスの外雌器に合わず不都合であろう。個体差が小さいのも、その辺に理由があるのだろう。
なお、ムラクモヒシガタグモの特徴は、V令幼生から、はっきり出ており、図3にそれを示した。ただし、背甲や腹背の紋は、ヒシガタグモの幼生も似ている。ムラクモヒシガタグモの幼生は、ヒシガタグモの幼生と異なり、胸板や腹部腹面が黒っぽいのが特徴である。ヒシガタグモの幼生は、どちらも白い。これは成体でも同様である。ムラクモヒシガタグモとヒシガタグモの幼生は腹面で区別できるが、シモフリヒシガタグモ等、他のヒシガタグモ属との区別点は、標本も無く、明らかでない。
Z 補促と後記
当初の予定では、生活史とEpisinus属についても書くはずだったが、調査、標本、文献ともに不足しており、数年後に稿を新たにするつもりである。本稿は今回で終了する。ムラクモヒシガタグモの生態Ecology
of Episinus nubilusという大層な標題を掲げてしまい、後悔している。
せいぜい、ムラクモヒシガタグモの習性Habits
of Episinus nubilusぐらいにすべきであった。ともあれ、まだ未解決の問題は多い。今後も調査して少しでもクモの生きかたにふれることができれば幸いと思っている。
若干の補足をしておく。
(1)ムラクモヒシガタグモは、造網の際、どのようにして自分の位置を決めるのか。
網上のクモから地面までの距掛ま、ほぼ一定である。上糸を伸長する時に、その長さをどのようにして決めるのだろうか。この疑問に解答が与えられたので報告する。なんのことはない。いったん、地面まで下りてみるのであった。 1983年9月12日(月)24時、テラリウム内の成体メスは、上糸を渡り、伸長した後、中央から糸を引いて下がってきた。ところが、クモの位置が高かった為、この下糸は大変に長くなってしまった。20cm以上あった。すると地面に着いた後、クモは下糸を切りながら上ってきて、もう一度、上糸を十分伸長しなおし、自分の位置を低めてから、下糸を下ろしたのであった。
Atypus(82)に報じた例(1982年8月17日。稲葉他の観察)のように、途中でやめ、糸を流し直す場合もあるのだろう。しかし、いったん地面まで行ってみるというのが、より一般的な方法ではないだろうか。
(2)新毎明氏より、Hillyard(1983)の論文をいただいた。英国でほぼ50年ぶりに採集され、初めて♂も明らかになったEpisinus
maculipesの再記載である。体長はムラクモヒシガタグモ程度だが、若干色がうすく、逆Y字型の網を破る点では、ヒシガタグモに似ている。この論文でも上糸(upper thread)と下糸(lower thread)と表していたが、機能の点からいえば、Foelix(1982)がSteatoda
castaneaの図で記しているように、支持糸(Supporting thread)と粘糸(trap thread)とする方が適切と思われる。
最後に、池田ほか共同調査者の氏名を記しておく。U、造網時刻と生態的地位(稲葉茂代・小川まゆみ・山口泉)。V・網の補修(稲葉・小川・山口)。W・日周活動(山口・小川・鴇田明子・島津千秋・田村武子)。X・卵と卵のう(稲葉・小川・山口・島津・鴇田・田村)。Y.幼生と令の判定(8月13日の採集協力〜稲葉・山口・小川・鴇田・田村・露木瑞穂・中村利江・野際のぼる・佐膝伸一)。
参考文献
秋田米治、1979・オオヤミイロカニグモの令の判定.Acta
arachno1.,28(2):91-95.
Foelix,R.F.1982.Biology of Spiders.Harvard
Univ.Press.
浜村徹三、1971.キバラドクグモPirata
subpiraticusの生態T。Acta
arachnol.,23:29-36.
Hillyard,P.D.,1983. Episinus maculipes
Cavanna
(Araneae,Theridiidae): rediscovery
in Britain.
Bu11.Brit.arachnool.Soc.8(2):88-92.
鈴木勝浩。1979・ウヅキコモリグモの生活史を主とした生態研究。第22回日本学生科学賞選集:149−154.聖文社.
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