[クモの巣と網の不思議、2003,pp17, ] BACK TO 『クモの巣と網の不思議』 抜粋
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クモの生理学 池田博明
消化法 毒 触肢と精網 振動感覚 一生
BOX クモの消化法 池田博明
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クモが虫を捕食し、消化する方法は特殊なので、誤解されている場合があります。誤解の例としては、「クモは虫の体液を吸う」というのがあります。クモの網に残された虫を見ると、殻だけが残った状態だったりするので、そう思われてしまったのですが、違っています。正しくは、「クモは消化液をかけて虫を溶かし、溶けた液体を吸いこむ」というものです。このような方法を「体外消化」といいます。この方法の利点は、余分なものをほとんど体内に取り込まないため、排泄物の量が少なくてすむということでしょう。じょうぶな消化管も必要ありませんから、昆虫に比べて体を柔らかく保つことができます。
虫を食べるためのクモの口器は、牙のついた一対の顎と上唇、下唇から出来ています。虫を麻酔する毒液は頭胸部の毒腺で分泌され、牙先から出されます。毒成分は虫には麻酔効果がありますが、ヒトには有毒ではありません。ヒトの運動性の神経伝達物質(アセチルコリン)と虫の神経伝達物質(グルタミン酸)は異なるものだからです。ただし、外国産のゴケグモなど一部のクモの毒液はセキツイ動物にも効果がありますので、注意が必要です。
消化液は唾液線から分泌され、口もとの触肢の基節の額葉から出されます。
(下図写真はクロガケジグモの
牙外側(左)と内側(右)。
牙の先端に小さな穴がある。
エサに毒を注入する射出孔。
牙の根元の色が牙の色と
異なるのは材質が異なるため)
SEM写真は梅林力撮影
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BOX 日本に毒グモはいるのですか 池田博明
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日本には人間に対する毒をもつクモは生息していませんでした。もともと生きた虫を捕食する様子から、残忍で毒がありそうな印象のクモですが、クモの毒は人間には効果が無いのです。昆虫と人間では、筋肉を支配する神経伝達物質の種類が異なるため、クモの毒は人間の筋肉を麻痺させることができないのです。クモの一部に、セキツイ動物の運動神経に対する神経毒を発達させたクモがいますが、それはゴケグモ類やシドニージョウゴグモなど外国のクモに限られていました。日本では、ススキの葉をちまき状に巻いて中に住んでいるカバキコマチグモは、刺咬による激痛で有名でしたが、後遺症が残ったり、生命を落とすようなことはありませんでした。
ところが、オーストラリアから有毒種セアカゴケグモが多数侵入していることが、1997年の末に分りました。最初に発見したのは、大阪のクモ学会会員の桂孝次郎さん。この毒グモは、三重県の四日市市でも発見され、日本中に毒グモフィーバーが吹き荒れました。とたんにクモに対する関心が高まったのです。

Latrodectus hasseltii セアカゴケグモ雌 |

セアカゴケグモ 雄 |

Latrodectus geometricus ハイイロゴケグモ雌 |

ハイイロゴケグモ雄 |
神奈川県の横浜市本牧埠頭公園でもハイイロゴケグモが発見されて、クモ恐怖症は拡大しました。
ゴケグモの仲間はヒメグモ科ですから、建築物のすき間に不規則網を張る小さなクモです。公園の側溝や墓地の墓石のすき間などに造網していました。関西国際空港の滑走路照明灯の中は暖かいため、住み着いてしまいました。
大量の殺虫剤が散布されましたが、セアカゴケグモの増殖を完全に抑えることはできず、じわじわと生息圏は拡大しているようです。いまのところ、セアカゴケグモの分布域は三重県・大阪府・兵庫県の一部です。
しかし、これほど騒がれていながら、ゴケグモに咬まれたという被害者は一人も出ていないことに注意して下さい。クモが自分からヒトを襲うことはないのです。圧倒的にヒトの方が強いので、クモはヒトを恐れています。無理につまんだりしない限り、咬みつくことはありません。
ゴケグモ類は腹部下面に赤い砂時計形の模様があります。この面はクモを上から見ると見える位置になります。この際に身近なクモをよく観察して、毒グモか、そうでないクモかをきちんと見分けて下さい。
【参照ウェブページ】 日本へのゴケグモの侵入 神奈川の毒グモ
毒グモとその毒(1) 毒グモとその毒(2)
クモ毒液とクモ毒素
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BOX オスの触肢と精網 池田博明
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成体になったオスの触肢は複雑な構造をしています。オスの触肢は交尾器官としてはたらくために、精液を吸い上げる構造や押し出すしくみ、メスの交尾管に確実に挿入するための移精針などを備えています。
最後の脱皮を終えるとオスは網の端に小さなシートを作ります。これが「精網」とよばれるものです。
腹部の胃外溝のあたりから精網の上にしずくのような精液が出されます。
精液は表面張力で丸くなっています。
この精子の液滴をオスは触肢に吸い取ります。
これでいつでもメスに精子を渡せる体勢ができました。
触肢の構造は分類をするときにも重要です。
体の形態が似ていても、 触肢の構造が違えば別種です。たとえばマミジロハエトリとマミクロハエトリ。
この2種のオスの触肢は大変良く似ています。しかし、径節突起の形が異なっていました。
ハエトリグモの場合、この位置の突起は交尾という機能上、たいして重要な役割をしていません。
機能上、重要でないところは早く進化すると思われます。したがって、突起の変化は早く、目立つのです。
(SEM写真は梅林力撮影) |
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ハナナガイソウロウグモの雄触肢 |

コガタコガネグモの雌の外雌器
触肢を受ける種特異的な開口部 |
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BOX 振動を感じる器官 池田博明 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
クモの眼は8個もありますが、ハエトリグモのような大きな眼(前中眼)をもつ種類(SEM写真はシラヒゲハエトリ、梅林力撮影)を別として、ほとんどのクモの眼はよく見えません。明暗や眼の前の虫の動きを感ずることはできても、形は見えないのが普通です。眼が見えないのに、どうしてクモは虫を取ったり、正確な網を張ったりすることができるのでしょうか。
クモの感覚のなかで重要な役割をしているのが触覚や振動覚で、これらの感覚器官の研究はドイツのバース教授が中心になって行われてきました。最近、その研究をまとめた本、『ブラジルドクシボグモの感覚世界:感覚と行動』(2002年)も出版されました。
枝や葉の振動、空気の流れや風の音、虫の羽音や動きなどはクモの触毛や聴毛、細隙器官、琴状器官などで感じられます。感覚器の基部には神経が来ていて、毛のわずかな変動はすぐに脳に伝えられます。

「触毛」は全身に分布する可動性の毛です。
「聴毛」は脚の背面にあり、分類にも使われる、直立した毛です。徘徊性の種類に多く(例えばブラジルドクシボグモの各脚には100本)、造網性の種類に少ない(10本程度)のが特徴です。聴毛は虫の羽音が起こす空気の振動など、体から離れた刺激を感ずる器官です。
「細隙器官」は小さな孔(スリット)で、体表全体にありますが、特に脚に多く分布しています。体表に起こる歪みを感知して脳に伝えます。
「琴状(きんじょう)器官」は細隙を複数個集めたような構造物です。単一の振動ではなく、複数の振動を感受する器官のようです。
虫が300〜700Hzの振動を出すとき、クモは餌として反応します。吹奏楽やオーケストラの音合わせに使われるA音の音さの周波数は440Hzですからこの範囲に入っています。音さを網糸に触れると、クモを導き出すことができますが、どうやらこの振動を感知しているのは細隙器官であり、次の琴状器官でもあるようです。
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BOX ジョロウグモは都市部にも生き残っているようですが 新海 明
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近年の目覚ましい都市化は、一方で自然の大規模な破壊をもたらしました。私が現在住んでいる東京都多摩の郊外も、かつては豊かな里山だったに相違ありません。あちこちにそんな名残りの地形を見いだすことができます。
自分もまた自然破壊の加害者の一翼を担っているのでしょう。自然は守りたいが便利なところにも住みたい。私たちの心の中に潜む、この矛盾はなかなか解決できそうにありません。

都市化が進めば、ご多聞にもれず、クモもほかの生物と同様に減少していきます。しかし、ジョロウグモは案外しぶとく都市のちょっとした緑地に生き残っています。サイズから言えばほぼ同程度のコガネグモやオニグモといったクモたちが、都市部では絶滅しているにもかかわらず、ジョロウグモだけが生き残っているのは、前項でお話ししてきたように、このクモが小さなハエを餌として利用していることと関係があるかも知れません。(写真はジョロウグモのまどい。池田撮影)
都市部では大型の昆虫は激減していますが、ゴミやあくたからわきだす小さなハエや植物に住み着くアブラムシなどは、結構たくさんいます。これらの小型の餌をせっせと拾いあつめるジョロウグモの餌捕獲の特性が、このクモの都市部での生き残りを可能にしているのかも知れません。
これに対して、コガネグモやオニグモは大型の昆虫をもっぱら餌として利用しているために、森林や草原がなくなるとこれらの昆虫も消失し、食料が十分に確保できなくなるためにいなくなってしまうのでしょう。
ただ、これらの問題はまだまだ証明されたわけではありません。状況証拠からの類推でしかありません。都会にしぶとく生き残っている生物(ここではクモ)の「そのわけ」を探る調査は、都会で生きる私たちにとって意外と面白い研究テーマになるのではないでしょうか。誰か、挑戦してみてはいかがでしょうか。
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BOX クモの一生 池田博明
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よく「クモの寿命はどのくらいですか」という質問があります。
多くのクモは1年内外ですが、アシダカグモ雄は飼育下で9年半生きたという記録があります。一般にクモの雄は雌より短命であることを考えるとこの寿命は驚異的です。
データから推測して私は寿命(誕生から死亡まで)1年間=体長10mmを目安にしています。大形なのに寿命は1年程度というクモはいるのですが(体長30mmのオオジョロウグモなど)、寿命はある程度体の大きさに関係すると考えています。また、クモの成長には餌が欠かせませんし、クモは脱皮をして成長する動物ですから、一般的には大きいクモほど餌も多く、脱皮回数も多くなります。卵が親(成体)になるまでの経緯を見ておきましょう。
母親が作ってくれた卵のうの中で、卵から孵化した1齢幼体はしばらく過ごします。そこで1回目の脱皮をして2齢幼体になったところで卵のうから脱出します。子グモが卵のうから出ることを「出のう」と呼びます。2齢幼体はしばらく卵のうの外で集団生活をしています。この子グモの集団を「まどい」と呼んでいます。幼体は3齢になると分散します。3齢になると毒腺が発達し、自分で虫が倒せるようになるのです。
その後は脱皮をくり返して成長し、生殖器が完成して「成体」となります。成体になる1回前の幼体を「亜成体」と呼ぶことがあります。
成体時の齢数はイマダテテングヌカグモ(成体の体長1.4mm。以下同様)5齢,スソグロサラグモ(3mm)6齢(または7齢)、ムラクモヒシガタグモ(5mm)6齢、ハナグモ雌(7mm)6〜9齢(季節により異なる)、ヤリグモ(9mm)5齢(または4齢)、ネコハエトリ(8mm)9齢、クサグモ(15mm)9齢、ジョロウグモ雄(10mm)8齢、ジョロウグモ雌(25mm)9齢、イオウイロハシリグモ雌(25mm)9〜12齢、アシダカグモ雌(30mm)11齢などなど。
ただし、卵のう内で2回の脱皮を終えてから出のうするウヅキコモリグモのような例もあり、この場合は出のう時は3齢幼体となっています。卵から孵化する段階もクモの種類によって異なっていますので、齢に関しては出のう時を何齢としたかの記録が必要です。 |
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