[クモの巣と網の不思議、2003,pp.146-151,158]   BACK TO 『クモの巣と網の不思議』 抜粋 

◆文字が大きい時は「表示」でフォントを小さく設定して下さい。



    円網の張り方    新海 明

    意外にも正しい円網の張り方は知られていません。
    多くの本の解説は間違っています。ここにあるのが
    正しい張り方です。ただし種類に注意して下さい(池田註)

       参照  円網の構造と名称
            ナゲナワグモ類の「投げ縄」作り
            トリノフンダマシの円網の張り方
            ジョロウグモの網の張り方 


 夏の夕涼みがてらに屋外へ出ると、家の軒先や公演の木々の間でせっせと円網を張っているクモに出会うことがあります。でも、多くの方は「クモが網を張っているな」で終わってしまうことでしょう」。まして、網作りの一部始終を監察したことがある方など滅多にいないと思います。
 子供たちに「クモの丸い網は一体どのようにして張られていくのか」とか、「木と木の間の糸はどのようにして張ったのか」という質問をされると、答えに窮してしまうことがあります。ここではオニグモ類やコガネグモ類が作るもっとも普通に見られる円網の張り方についてお話ししたいと思います。
 

円網作り1

 「橋糸」渡し

 網作りは、クモが糸に吊り下がって微風にのせてお尻から糸を流すことから始まります(図1)。
 この糸がどこかに付着するとクモは足でこの糸をたぐり寄せていきます。糸がすべてたぐり寄せられてしまえば、「やりなおし」となります。けれども、どこかにうまく引っ掛かかってくれれば「OK」で、クモはその糸をたよりにお尻から糸を流しながら進みます。もしも前方の糸が万一はずれても安心で、お尻から出た命綱によってもとのところへブラリと吊り下がって戻るだけです。でもそんなこともなく、うまくこの糸を渡りきったらそこにお尻の糸を固定します。この糸が網を張る際にもっとも基礎となる「橋糸」となります。クモはこの糸を何回か往復してしっかりとしたものにするのが普通です(図の2〜3)。
 ワク糸とタテ糸を張るための基礎工事

 クモは橋糸の中央付近にまで来ると、ここで橋糸を切断します。そして、一方の糸は足で支え、もう片方の糸にはお尻の糸をくっつけるのです。お尻からの糸を伸ばすとクモの体を重りとして「V字型」に橋糸が垂れ下がっていきます。ある点まで降下するとクモはお尻から伸びた糸を、足で持っていたもう一方の糸に固定します。次に、クモはV字の下の点から糸を引きながら更に降下します。このとき足を下方の空間をまさぐるように動かしていきます。そして、何ものかにふれるとそこに糸をくっつけます。この行動によりV字状だった糸はY字状へと変化します。Y字の真ん中の部分を「こしき」と呼びます(図4〜5)。

円網の作り方
 こしきへ戻ると、いよいよタテ糸とワク糸の本格的な作成が始まります。今まで書かれた多くのクモの入門書には、その後は「ワク糸が作られて次にタテ糸を張る」となっていますが、正確に言うとそうは展開しません。ワク糸とタテ糸はほぼ同時に作られていくのです。つまり、ワク糸を作ってからタテ糸にと順番通りにはいきません。この過程を文字で表現すればたいへんにややこしくなりますので、あとに示す図で理解していただければと思います。

円網作り3

Savory 「The Spider's Web」より下図がLiving Bridgeと呼ばれる状態。
Fig.35もLiving Bridgeである。
 ワク糸と数本の基礎となるタテ糸が完成すれば、あとはタテ糸を次々と増やしていきます。このタテ糸張りの行動も面白いものです。クモはこしき部からすでに引いてあるタテ糸をたどり、お尻から糸を出しながらワク糸へと向います。ワク部に来るとそこにいったんお尻の糸を固定し、いま引いてきたばかりの糸を道しるべ(ガイドライン)としてこしき部へ戻っていくのですが、ガイドラインである前方の糸はたぐり寄せてしまいます。ワク部に固定した糸がクモの後方に伸びていきますが、これがタテ糸となっていくのです(図16〜21)。このtき、タテ糸とタテ糸との間隔はこしき部で足を使って測っているようです。

円網作り4
 タテ糸間のすき間があいていたところへ来るとそこへタテ糸を張っていきます。つまり、こしき部ではクモは放射状にのびるタテ糸を回転しながら探り、タテ糸の間隔を測っているわけです。そして、この行動の際にもクモは糸をこしき部につけています。この糸はこしき糸と呼ばれていますが、のちに足場糸へと拡張されていくものです(図22〜24)

円網の張り方5


Savory の「The Spider's Web」より粘糸=横糸を張るクモの動き

Savoryの「The Spiders Web」より粘糸を張るクモ
 足場糸からヨコ糸の作成

 タテ糸が十分に張られて間隔もほぼ一様になると、こしき糸はその間隔を一気に広げて張られていき、これが足場糸となります(図25)。
 この糸はヨコ糸作成の際に足場となることから名づけられたものです。中央からワク部に向って荒くらせん状に張られた足場糸がワク部に達すると、クモは動きを止めます。そして、いよいよヨコ糸張りが開始されるのです(図26)。

円網の張り方6
 橋糸、ワク糸、タテ糸、足場糸とここまでに張られた糸にはまったく粘性はありませんでした。ところが、ヨコ糸には粘性があります。クモは網の内側に張られていた、粘性のない足場糸やタテ糸を伝いながら移動して、ヨコ糸をワク部から中心へとらせん状に戻りながら張っていくわけです。このとき、ヨコ糸を張り終えて不要になった足場糸は次々と切られていきます。普通の円網では完成した網に足場糸が見られないのはこのためです。
 また、観察会などでよく聞かれる質問のひとつに、「ヨコ糸を張るときは右回りか左回りか」というのがあります。答えはどちらでもなく、右に回転していたクモはあるところまで来ると、今度は左回りに逆回転してヨ糸を張っていきます。種類によって異なるでしょうが、ヨコ糸を張り終えるまでに1〜2回は回転の向きを変化するものが普通のようです。
 こしき部に戻って来たクモはここで最後に完成の署名をします。例外はありますが、多くの場合にこしき部の糸をかみ切り、ここに穴をあけるのです(図27)。
 この行為によって、張ったばかりの円網のタテ糸とヨコ糸が織り成す微妙にずれた張力を補正しているようです。かみ切った穴はそのままにされることもあり、また荒く糸を不規則に張りなおすこともあります(図28)。
 そして、あるものでは更にその後でジグザグの隠れ帯が取り付けられる場合もあります。
 やがて、クモは中央に陣取り、頭を下方に向けると、糸をつかんでいる8本の足すべてを使ってギュッと引き締めます。そして、ゆっくりとその糸を緩めると、あとは獲物がこの罠にかかるのをじっと待ち続けるのです。

 水平円網の張り方    池田博明

 前項の円網の張り方は垂直円網の張り方を述べたものです。しかし、円網には水平円網があります。水平円網ではワク糸とタテ糸を張るための基礎工事が垂直円網と同様にはできません。重力を利用してY字型を張ることができないためです。その過程をシロカネグモやアシナガグモの仲間はどう解決しているのでしょう。
 実はきちんと監察された例が無いのです。断片的な観察結果から推測することは可能です。おそらく、シロカネグモは橋糸を張った後、その中心から糸を流し始めるのです。それが枝や葉に付着したとき、その糸を次に補強すして最初のY字形を水平に作るのです。それから後はこの糸上を歩いていって、ワク糸とタテ糸を張っていくわけです。


円網の構造と名称  p.24より

円網の名称

BOX

 こしきの型   池田博明による  『クモの巣と網の不思議』よりpp.152-153.

  「こしき」は本来「車輪の軸を通す部分」を指す言葉ですが、円網を車輪に見立てて、その中心部を表す言葉として使われてきました。英語の「ハブ hub」をそのまま日本語に翻訳して使ってきました。

こしきの型

  「こしき」の形はクモの種類によって特徴があります。型を表す言葉は人によって異なっていますが、この本では新海明が提唱した用語を推薦することにしました。

 図のaとbは「閉こしき closed hub」です。この二つの違いは造網行動の違いに関係しています。横糸を張り終えた後に中心部へ戻ってきたクモが何もしない型がaです。「無修正の閉こしき」です。ゴミグモやジョロウグモに見られます。それに対して、中心部へ戻ってきたクモがこしきをかみ切り、一度穴を開けて、その後再びそこに糸を張り直して、こしきを閉じる型がbです。「張り直す閉こしき」です。オニグモに見られます。
 それぞれの行動の違いは糸の張力と関連があるのかもしれません。

 図のcは「開こしき open hub」です。横糸を張り終えた後でクモがこしきをかみ切ったままなので、中央部にまるく穴が開いています。これはアシナガグモに見られる型で、かなり特徴があるため、網にクモがいなくとも、この仲間の網と特定することができます。

 図のdは「無こしき no hub」です。カラカラグモに見られます。中心部は糸を寄せた形になっています。  こしきを作るこしき糸は円網を張る上で重要な役割をしています。ひとつは縦糸がこしき糸から分岐されることです。もうひとつは縦糸のゆるみをこしき糸が補正して緊張を高めたり(閉こしき)、緊張をゆるめて張力を均等にしたり(開こしき)していることです。無こしきのカラカラグモも造網過程の途中まではこしきが存在していましたから、こしきの役割は大きいと言えましょう。
 ところで、こしきの外側にも少しらせん状の糸があります。この部分は「外こしき noched zone」と呼びます。中心の「こしき」と、「外こしき」を合わせて表すときは「こしき部」と呼びましょう。  こしきと外こしきの間は糸が広く開いています。この部分は「フリー・ゾーン free zone」と呼んでいます。クモが垂直円網の表面から裏面へ移動するときにはこの空間を通ります。なお、クモが普通にいる方を表面とします。マルゴミグモのように水平円網の上面にいるクモは上面から下面へ移動するときに、やはりこのフリー・ゾーンを利用していました。開こしきの中心の穴を通ってクモが移動するという記述がありますが、これは間違いです。
 こしき部ひとつにもクモのいろいろな秘密が隠されているものです。

  薬物によるクモの網   池田博明

 網を作る行動はクモの脳による支配を受けています。そこで、クモの脳に影響する薬物を与えると、網作りにどのような影響が現れるでしょうか。

 ドイツの動物学者ペーテルスは、友人の薬理学者ウィットから、午前2時から5時の間に造網するニワオニグモに薬物を与えたら、造網時間が早まるのではないかという質問を受けました。そこで、覚せい剤の一種アンフェタミンを与えてみました。口元に液滴を触れさせると、クモはそれを吸い込みます。砂糖水に薬物を溶かして、取り込ませるのです。

 実験の結果、造網時刻はいつもと同じでしたが、網の形が変わってしまいました。横糸と縦糸が異常になってしまったのです。ウィットは数年間かけて興奮剤カフェイン、幻覚剤メスカリン、ストリキニーネなどを使って、キレアミグモの網変化を調べました。薬物によって異なる網ができました。図はカフェインの網です。




 糸の数は減り、糸の位置がデタラメになります。網の捕獲域も小さくなります。まるで“酔っ払い”のクモが張ったような網になってしまいます。

 「ドラッグ」網の研究は、当初、応用薬学への利用が考えられましたが、ヒトとクモの神経系や神経伝達物質は根本的に異なりますので、クモへの影響からヒトへの影響を推定することは実際的ではありませんでした。

 最近は殺虫剤などの生物検定に使われており、影響のない薬剤もあれば、造網頻度を低めたり、網形を変えたりする薬剤もあることが分っています。農業上はクモに影響のない薬剤の方が役に立つことになります。

BACK TO 『クモの巣と網の不思議』