

ネコのこっこちゃん
| 第100回 - 3代目ギター (May. 31. 2009) |
高校入学記念に買ったギターです。![]() シャーベル(ジャクソン)のテレキャスタータイプです。 ![]() 店頭で見て、一目惚れでした。 ![]() ネックが薄く、弦高も低めで、本来なら弾きやすいのでしょうが、 ストラトの高めの弦高に慣れているボクには、今となっては弾きづらいかも。 ![]() このギターも、2代目ギター同様、近所の某店に売ってしまいました。 (なので、やはりこうしてアップして記憶に留めておこうと…) いくら使わないとはいえ、手放すと、やはり寂しいものがあります。 2代目ギター同様、次のオーダーさんに可愛がっていただきたいです。 見た目は格好いいもの! (音の方は…回路関係が、ちとヤバくなっていたかも…) |
| 第99回 - 2代目ギター (May. 30. 2009) |
| 中学の頃、ジミーペイジに憧れて買った(意外?) フェルナンデス(バーニー)のレスポールタイプです。 ![]() 人生初のライブ(文化祭)は、これを使いました。 ![]() とりあえず重いです。 ついでに座って弾きづらいです。 やっぱりボクには、ストラトシェイプが合っているみたいです。 ![]() 先日、近所の某店に売ってしまいました。 (なので、こうしてアップして記憶に留めておこうと…) 次のオーナーさんに可愛がっていただきたいです。 PS:初代ギターの写真をMySpaceにアップしたところ、 評判が良いみたいです。 初代ギター、売らなくて良かった(笑) |
| 第98回 - 初代ギター (May. 29. 2009) |
| 中1の秋頃、初めて買ったギターです。 トーカイのストラトタイプです。 ロクに知識もないのに(今も無いですが)分解され、 ペイントされ、こんな姿に。 ![]() 手放そうと思ったのですが、 母親が、「綺麗なのにもったいない」というので、 とりあえず手元に置いておこうと思います。 ![]() まぁ、こんな姿なので、 いくら今や貴重な(?)トーカイのストラトとはいえ、 ジャンク品扱いされそうだし。 (手放すか手放さないかは値段にもよりますが・笑) ちなみに元はブルーブラック・サンバーストでした。 綺麗だったので、そのままにしておけば良かったなぁ。 |
| 第97回 - 過去のNewsを見ていて感じたこと (Jan. 27. 2009) |
| 先日、久々にNewsページを更新したついでに、 過去のニュースもチラチラと読んでみたのですが、 レビュー関連のニュースが多かったですね。 それだけ、あちこちにサンプルやら何やらを送った証拠だと思うのですが。 デモテの頃は、本当に世界中あちこちに送りました。 当時は、あまりネットも普及しておらず、 (ボク自身も、まだネットをしていませんでした) 情報源は「フライヤー」でした。 簡単に説明すると、小さいチラシのようなものでしょうか。 1箇所にデモテを送ると、お返事とともに、 他のファンジンのフライヤーが同封されている。 そこで、そのファンジンにも送ってみると、 更にお返事に、また違うファンジンのフライヤーが同封されている。 という形で広がっていきました。 もちろん、ファンジン関係のフライヤーばかりではなく、 ラジオ等のフライヤーもありました。 Newsに載せていないレビューもたくさんあります。 特にHPを立ち上げる前の物が。 それらを改めて掲載して、レビューページを、 独立して作るのも面白いかな?とも思ったのですが、 何しろレビューがたくさんあるのと、 それらを押入れの奥から引っ張り出して、 見ながら打ち込んで…という作業が大変なので断念しました。 面白いかも知れないですけどね、過去の思い出として(笑) |
| 第96回 - 振り返ったことを振り返る (Nov. 4. 2008) |
| 駆け足でデモテープを作り始めた頃から、 1st CDリリースまでの、5年間を振り返ってみましたが、 これにて短期集中連載(?)をひとまず、終了したいと思います。 自分で読み返してみると、正直、面白みに欠けるかな?と…。 理由はいくつかあると思いますが、 最大の理由は、自分を全てさらけ出して書いていないからではないかと。 正直、当たり障りのない、上っ面だけの文章のように感じるのです。 (まぁ、こんなことは改めて書く必要もないかと思いますが) 本当は、当時の自分の状況や状態等も絡めて書けば、 もっと興味深いものになったのではないかと思います。 しかし、不特定多数の方が見る可能性がある場所で、 自分の全てをさらけ出す勇気はありません。 ましてや他人が絡んでくると、ご迷惑を掛けるかも知れないですし。 とはいえ、読んでいただいた皆さま、ありがとうございます。 少しでも楽しく読んでいただいたなら幸いです。 |
| 第95回 - 1st CD 「NIGHTMARE」までの紆余曲折 (Nov. 3. 2008) |
| 自分の作品をCDとしてリリースするなら、 自分のボーカルではダメだ、ということで、 以前、「DEMO9」で2曲、歌っていただいたアニサさんに ボーカルとキーボード、歌詞の手直しを依頼しました。 個人的にカタカナ英語は格好悪いと思うので、 ネイティブスピーカーの方に、 本物の英詩を英語で歌っていただくという面でも、 最適な人材だと思いました。 アニサさんに音源を送り、完成を待っている間に、 最後のデモテープ、「ON」が完成し、そちらを先にリリースしました。 このデモテープから、"Burning Heart"もCDに収録したいと思い、 追加で音源を送り…等をしているうちに、 アニサさんの作業が長引いて、 そうこうしているうちに、新たに数曲、マテリアルが完成しました。 当初、それらを、「ON」同様、デモテープでリリースしようと思ったのですが、 当時、よくメール等でお世話になっていた ケリーサイモンさんに聴いていただくため、音源を送ったところ、 「この曲にリードギターが必要じゃないか?」 「この曲にはアコギが必要だろう」 「ヒトシ君のこれまでの作品の中で一番、音が良いモノにしてあげよう」等、 ありがたいお言葉をいただき、 それならば、と、ここぞ!とばかり(?) 「歌っていただけませんか?」とお願いしました。 快諾していただき、ボーカルのみならず、 キーボードも入れていただくことになったのですが、 ケリーさんのボーカルが入った、"Power Of Dream"を聴いた瞬間、 「これをデモテープとしてリリースするのはもったいない!」と感じ、 「これを1st CDとしてリリースしよう!」と決めたのでした。 (当初は、CD-Rでリリースしよう、というアイディアもあったのですが) ただ、1st CDとしてリリースするには曲数が足りなかったのと、 激しい曲がなかったので、 (この作品を通して、初めてボクの音源を聴かれる方も多いでしょうから、 やはり、「これぞメタル!」的な、激しい曲も入れたいと思いました) アニサさんにお願いしていた曲の中から、 "Broken Dream"と"Burning Heart"を、こちらに持ってきて、 前者にはボーカルとキーボードを、 後者ではギターバトルをレコーディングしていただきました。 しかし、ケリーさんの仕事の速さは凄いですよ。 ギタープレイやボーカルが凄いのは、 聴いていただければお分かりになると思うのですが、 音源を送って、ケリーさんのところに届いたその日のうちに、 「出来たよ!」と連絡をいただき、 既にネットにアップされていた、という感じでした。 こうして、当初の計画とは若干、異なりましたが、 ケリーさんはじめ、多くの方にサポートしていただき、 1st CD、「NIGHTMARE」を無事(?)リリースすることが出来ました。 |
| 第94回 - 国内のファンジン、雑誌 (Nov. 2. 2008) |
| 海外とのやり取りが増える中、 徐々に国内のファンジンでもレビューを掲載していただくようになりました。 例えば、ある方から、「こういうファンジンもあるから送ってみたら?」 という感じで紹介していただき、そのファンジンの存在を知る、という感じで。 そんな感じのプロモーションの一環として(?) 世界中から音源が送られてくるのに、どうせ狭い自分の部屋で、 しかも一人で作った音源なんて掲載されないだろう、と思いつつ、 なんとなく某B!誌に「DEMO8」送ってみたのですが、 予想に反して(?)掲載していただきました(1997年秋頃) 結果的にアンダーグラウンドなHR/HMまでチェックしていないような 大多数のHR/HMファンの方たちにも目に留まり、 いただくオーダー数も以前に比べて増しました。 また地元店のみならず、東京、大阪等の自主制作盤取扱店でも、 取り扱っていただけるようになりました。 お店との交渉がしやすくなったのも大きかったですね。 某B!誌の記事が名刺代わりになるといいますか。 (というか、その記事のおかげで、 既にお店の方にボクの存在を知っていただいたりして) ところで、某B!誌のレビュー内で、 「一人様式美」というキャッチコピー(?)が掲載されたのですが、 「一人○○」というような言葉が、 HR/HM界で頻繁に(?)使われるようになったのは、この後だと記憶しています。 ちなみに、なぜ「一人様式美」という言葉を使ったのかと言いますと、 元々は、前述のライターKさんが、ファンジンのレビュー内で、 「仙台の一人ロック野郎」という感じで、ボクを紹介していました。 そこで、例えばお店でデモテープを取り扱っていただくとき、 ただ単にデモテープを置かせていただいても、 購入者からすれば、どんな音楽性か分からないので、 デモテープの説明を書くのに、Kさんの言葉を参考にして、 「一人様式美的HR/HM」という言葉を使うようになりました。 それが某B!誌に掲載されたときに、 「的」が抜けて、「一人様式美」と限定されてしまいました。 ボクの音楽はコテコテの様式美という感じではないと自分では思っているので、 様式美HR/HMのみを期待する方が、ボクのデモテープを購入して、 「なんじゃ?この曲は!全然、様式美じゃないじゃないか!」 となるんじゃないか?と少し心配したりしました(笑) その後もデモテープをリリースし続け、 12本(海外用を含めると13本)リリースした頃、 前述のライターKさんから、 「そろそろステップアップして、CDをリリースしたらどうか」 というような助言をいただき、 「そうだ!CDをリリースしよう!」と準備を進めていきました。 |
| 第93回 - 海外とのやり取り (Nov. 1. 2008) |
| 1996年初め頃でしょうか。 某B!誌のデモテープ紹介コーナーに、 一人で音源を作っているアメリカ人女性の デモテープのレビューが載っていました。 ボクと同じようなことをしている人がアメリカにいるんだ、それも女性で、 ということで、雑誌に載っていた住所にデモテープを送ってみました。 どうやら掲載されていた住所は間違っていたらしく、 その方に届くまで数ヶ月掛かり、その年の夏頃(?) その方からお返事と共にデモテープが送られてきました。 その方は後に、「DEMO9」や「FANTASIA」に参加していただくことになる、 アニサ・マーフィーさんです。 でも、今考えるとボクは非常に失礼なことをしました。 ボクはアニサさんにデモテープ代金や送料を同封せず、 ただ単に一方的に自分のデモテープを送ったにもかかわらず、 あちらのデモテープを送っていただき、 結果的にトレードしていただいてしまいました。 その後、お互いの音源や手紙を交換して、交流を続けました。 またアニサさんの手紙には、「ここに送ってみたら?」と、 いくつか海外のファンジンやラジオのフライヤーが同封されていました。 そこで、それらのところにデモテープを送ってみると、お返事をいただき、 そのお返事に、また他のファンジンやラジオのフライヤーが同封されている。 そして、またそれらにデモテープを送ってみる。 という感じで、どんどん海外とのやり取りが広がって行き、 ファンジンや雑誌に続々、レビューが掲載されたり、 ラジオでオンエアしていただきました。 インターネットがさほど普及していなかった時代、 アンダーグラウンドな世界では、 「フライヤー」という存在が大きかったです。 また、HR/HMのアンダーグラウンドな世界が非常に魅力的に感じました。 自分自身は(いまだに)海外旅行をしたことがないのですが、 自分の音源だけは世界中を旅できると思うと、凄く嬉しかったです。 また、自分の音楽を通じて、 海外の方とも交流を持てることが何より嬉しかったです。 |
| 第92回 - ファンジン (Oct. 31. 2008) |
| 「DEMO2」をリリース後、特に爆発的に売れることもなく、 店頭で興味を持っていただいた方に、 ぼちぼち買っていただくという感じでした。 ちなみに手前味噌ですが、 個人的には、「DEMO2」は、なかなか濃い内容だったと思います。 その後、CDに収録した「Broken Dream」や「External Galaxy」が 既に収録されていて、他の曲も、これぞメタル!的な曲が多かったです。 後々、さかのぼって「DEMO2」を聴いていただいた方から、 「DEMO2は良いね!是非、△△をリメイクしてよ」 というリクエストをいただいたりしました。 その後、しばらくリリース等の動きはなく、 ただただ、溢れるアイディアをMTRを使って曲という形にしていました。 相変わらず、 「聴いてくれる人がいないのに、何の為に作っているんだろう?」 という疑問を持ちつつ、 「でも作りたいから作っている」という結論に達しつつ。 「DEMO2」の動き(売れ行き)など、すっかり気にしなくなっていた'96年秋頃。 突然、何通か、「○○を見ました」というお手紙と共に、 定額郵便小為替が何通か届きました。 複数の見ず知らずの方からの、突然のオーダー。 凄く嬉しかったです。そして俄然、やる気が起きました。 創作意欲に火がつき、ますます曲を量産しました。 ボクは、その「○○」を知らず、デモテープを送るときに、 「○○って何ですか?」という手紙を同封していたのですが、 ある方(Kさん)から、それが「ファンジン」だということを教えていただき、 また、Kさんは、そのファンジンでライターもされているということで、 その後、非常に良くしていただきました。 ところで、ここ数年、Kさんと連絡を取っていなかったのですが、 昨年、お亡くなりになったと知り、愕然としました。 心からご冥福をお祈りいたします。 Kさんから、そのとき、そのファンジンも送っていただいたのですが、 どうやら、そのファンジンの編集長が、たまたま仙台に遊びに来たときに、 ボクの「DEMO2」を買って行っていただいたようで、 そして、初めてレビューなるものを掲載していただいたのでした。 ボクは「ファンジン」という存在すら初めて知りました。 地元のお店に置かせていただいていなかったら、 こういう展開になることもありませんでした。縁とは不思議です。 創作意欲に火のついたボクは、速いペースでデモテープをリリースし続け、 ほぼ毎号、そのファンジンにレビューを載せていただき、 しまいにはミニ特集まで組んでいただいたりしました。 |
| 第91回 - 幻のラジオ・オンエア (Oct. 30. 2008) |
| 前回の続きです。 前回といっても、8ヶ月も前ですが…。 同じ頃('94年後半)だと思うのですが、 お世話になっていたDJの方に、 録音していた数多くの曲の中から数曲選んだテープを送りました。 特にオンエアしていただきたいとかではなく、 (オンエアしていただくなんて、考えもしませんでした) ただ単に、「こんな曲ができました。聴いてみてください」という感じで。 その数ヵ月後、その方からお手紙をいただき、 「ラジオで掛けましたよ!聴いてくれました?!」と書いてあり、ビックリ! …聴き逃しました。 果たして何の曲をオンエアしていただいたのだろう? というか、そのテープに何の曲を収録していたんだろう? おそらく、その後、「DEMO1」に収録した曲だと思うのですが。 ところで、実は「DEMO1」以前に1本、デモテープをリリースしています。 なんとなく自分の名前を出すのが恥ずかしくて、 「ALEINE(←スペル合ってるかな?)」という名前で。 地元の、今はなくなったお店に置いていただいていたのですが、 お店の方からは、「エイリアン?」と聞かれましたが、 これはドイツ語で「一人で(=英語の"alone")」という意味です。 一人で作ったので(笑) で、このデモテ、1本でも売れたのかなぁ? ジャケも付けていなかったですし、ひょっとしたら1本も売れなかったのかも。 (その後、何本か自主回収した記憶はあるのですが) 収録曲もよく覚えていないですが、 多分、その後、リリースした「DEMO1」と数曲、被っていたと思います。 そこで、販売するには、ジャケを付けなければいけないんだ、と思い、 とりあえずジャケを作り、収録曲を変更し、 おそらく、'95年春頃、「DEMO1」をリリースしました。 リリースといっても、地元のHR/HM系の自主制作盤を取り扱っていた、 2店舗のみで置いていただいていたのですが。 また、その年の秋頃、「DEMO2」をリリースしました。 このときは、その後、どういう展開になるか想像もせずに。 |
| 第90回 - 初めてのお手紙 (Feb. 21. 2008) |
| 唐突ですが、1年間、お休みしていたコラムを再開してみようと思います。 MTRを使って録音を始めたのが1994年の初め。 当時は、頭の中のアイディアが具体的な形になるのが、とにかく楽しくて、 また相乗効果でアイディアが降りまくってくるので、 ひたすら曲作りに没頭していました。 でも、いざ曲を作ったはいいものの、 どうやったら人様に聴いていただけるのか、方法が分かりませんでした。 そこで、某雑誌に広告が掲載されていた、某CDショップに、 いくつか曲をセレクトしたデモテープ送ってみました。 そのお店の広告ではデモテープも取り扱っていたので、 ひょっとするとボクのデモテープも取り扱っていただけるのではないか?と。 しかし、ジャケも何も付けないデモテープなんて取り扱っていただけるハズもなく、 というか、同封した手紙に、「取り扱っていただきたい」という文面は一行もなく、 ただ単に、「聴いてください」としか書かれていないのでは、 その某ショップもデモテープの取り扱いに困るだけですよね。 結局、その某ショップでは「ご自由にお持ち帰り下さい」というコーナーに ボクのデモテープが置かれていたようです。 そして、ある日、見知らぬ女性からお手紙をいただきました。 なんとなく、そのお店に行ってみたこと、 なんとなく、ボクのデモテープを持ち帰ったこと、そして、ご感想…。 初めて、身近な人からではない、ボクの曲に対する反応でした。 1994年の秋の出来事なのですが、もの凄く嬉しかったことを覚えています。 人様に聴いていただけて、気に入っていただけることが、 これほどまで嬉しいことなのか、と。 ご丁寧に感想のお手紙をいただいた、その方に感謝するとともに、 俄然、やる気が出たことを覚えています。 今はインターネットを通じて簡単に楽曲を公開できる時代になりました。 そのせいばかりではありませんが、 聴いていただく喜びや、聴いていただけるということは凄いこと、 という感覚が薄れつつあるように感じています。 初心を思い出す、という言葉がありますが、 ボクが初心を思い出すとき、その初めていただいたお手紙を思い出します。 |
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