めくら、つんぼ、おし、ちんば、白痴、精薄

ことばによる差別
さまざまなレッテル、について。
「めくら、おし、つんぼ、ちんば、白痴、精薄」は、「レッテル」を通り越し、「差別語」では。
区別と差別は違うと思います。「男」と「女」という語自体は区別ですが、
辞書表記には差別表現が多用されています。
弱者は差別され、そうされてきたことをなかなか発言できないでいます。
「差別されてきた」ことの表象の一つが、
「ことばによる差別」つまり「差別語」となるように思います。
知らなければいけないのは、差別されてきた歴史と、その語感にまつわる感情、イメージ。
新しい語を作ろうとするのは、その撤廃のためであってほしいものです。
http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Miyuki/1795/
(一泉様より)
差別語があるのではなく、差別する人がいるということ、それが問題!
例えば、「あなたは優秀です」と言われた時、
素直に誉められたと喜ぶか、皮肉を言われたと感じるか、
言葉はそれを使う人、聞き受け取る人によって変わるのです。
(塩入)
めくら、つんぼ、おし、ぎっちょ、びっこ、白痴 など差別語とされる言葉は、
障害者に面と向かって使うなとの指摘は当然であるが、
この世からこれらの語彙を葬り去れとの主張には同意出来ない。
隠語や差別語も歴史の産物として語り継がれるべきものであり、
現代人の思い付きで歴史を抹消しようとするのは傲慢というものである。
〜の不自由な人・・といった表現では文学的色彩を醸し出すことも難しい。
言葉には意味があり、
意味がある以上、
その概念には主観的な価値判断がなされ、
価値有るものを擁護し、
無価値なものを排除しようとするのは当然である。
どういう意図をもってその言葉を発したのか、
それを受け取った人間がどう感じたのか、
ということから差別の問題が生じるのである。
(キャベツ様より)

