| ■1976年ノーベル文学賞受賞作家 SAUL BELLOWの作品 「この日をつかめ」 Seize the Dayの解説より |
| ローマの詩人ホラティウス(前65〜前8)の「叙情詩集」一巻十一章。 「我々の話す間も、時は意地悪く過ぎ去ってゆく。この日をつかめ。明日はあまり信じないで」 ラテン語原文car pe diem.では比喩的に「チャンスを逃すな」という意味の警告として使われる。 ここでは、過ぎ去った過去や不安に満ちた未来に望みをかけないで、ただ一つ有効な時は、 現在のこの瞬間の生に意識を集中せよという意味に強調されている。 (2003.03) |
| ■フランツ・カフカ(1883-1924) カフカ短編集 解説より |
| 認識による自己破壊 ...
カフカのノート1918年1月のくだり 「誰一人として認識のみでは満足できない。認識に応じて行為に努めなくてはならない。 しかし、その行為の為には力が足りない。故にみずから破滅しなくてはならない。」 (2003.04) |
| ■カフカのかなたへ 池内 紀(ikeuchi osamu)著 |
悪の考察より |
| ■異邦人 カミュ 解説より |
| 母親の葬儀で涙を流さない人間は、すべてこの社会で死刑を宣告されるおそれがある、という意味は、 お芝居をしないと、彼が暮らす社会では、異邦人として扱われるよりほかはないということである。 ムルソーはなぜ演技をしなかったか、それは彼が嘘をつくことを拒否したからだ。嘘をつくという意味は 無いことをいうだけでなく、あること以上のことをいったり、感じること以上のことをいったりすることだ。 しかし、生活を混乱させないために、我々は毎日、嘘をつく。ムルソーは外面から見たところと違って、 生活を単純化させようとはしない。ムルソーは人間の屑ではない。彼は絶対と心理に対する情熱に燃え、 影を残さぬ太陽を愛する人間である。彼が問題とする真理は、存在することと、感じることとの心理である。 それはまだ否定的ではあるが、これなくしては、自己も世界も、征服することは出来ないだろう。。。 ムルソーは、否定的で虚無的な人間にみえる。しかし彼はひとつの心理のために死ぬ事を承諾したのだ。 人間とは無意味な存在であり、すべてが無償である、という命題は、到達点ではなくて出発点であることを 知らなければならない。ムルソーはまさに、ある積極性を内に秘めた人間なのだ。(2004.08) |
■シーシュポスの神話 カミュ 不条理な論証より |
まったく教訓的だと思えるひとつの明々白々たる事実がある。 |
■幸福な死 カミュ 「幸福な死の成立について」 ジャン・サロッチ より |
| ”生まれのよい”人間にとっては、幸福であることは、自分もまた万人の運命をたどることだ。 それも諦めの意志によるものではなく、幸福への意志によってだ。 幸福になるためには時間が、多くの時間が必要だ。幸福もまた長い忍耐だ。 そして時間を、我々から時間を奪うものこそ金銭の必要だ。時間は購われる。 全てが金で買われるのだ。 金持ちになる事。それは、幸福になるにふさわしい時、幸福になれるよう時間の余裕を持つ事だ。(2005.1.30) |
■カフカ寓話集 より |
『アブラハム』 |
■ペスト カミュ 本編より |
健康とか無傷とか、なんなら清浄といってもいいが、そういうものは意志の結果で、 |
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