『いちばん遠い恋』
Update:2007.06.12
「夏 -海と彼女と水着とスイカ-」
Scene6 PM3:45
一定のリズムを刻みながら、寄せては返す波。
同時に耳にこだまする波音は、聞いている者の心を安らがせてくれる、穏やかで優しい音色だった。
「…………」
波打ち際には、凛子の姿があった。
日除けの麦わら帽子を被ったまま、言葉無くその場に立ち尽くしている。
白い砂浜。
青い海。
その狭間に佇む凛子。
頭上からさんさんと照りつけてくる日射しがなければ、まるで一枚の絵画を観ている様にも思える、そんな光景だった。
周囲を見渡すと、他のみんなも思い思いに午後の時間を過ごしている様子だった。
みまりさんはパラソルの下で俯せに寝ころびながら、午睡を楽しんでいる。
小春はと言えば少し離れた場所で、恐らく強引に連れて行かれたのだろう暮林君と二人で、
お約束の砂の城作りに精を出していた。
その場から立ち上がった僕は、ゆっくりと凛子のいる海辺に近付いてゆく。
一メートルほど距離を開けて彼女と肩を並べた僕は、足を真っ直ぐ伸ばした姿勢で波打ち際に座り込んだ。
ちらりと視線を、凛子に向ける。
僕の存在に気付いているのかいないのか、目を閉じたままの凛子。
引いた波が寄せてくる。
緩やかな傾斜を描く砂浜を駆け上がっていった波は、表面の砂を巻き込みながら気忙しげな様子で元来た道を駆け戻っていった。
砂浜と接している肌を通して、まるで身体全体が波に引っ張られているみたいな、そんな奇妙な浮遊感を覚えてしまう。
「……不思議な感覚だよね」
不意に、凛子が口を開いた。
「まるで足下に穴でも開いたみたいな、そんな感触。ボクは今ここにいるのに、でもまるで別の世界にいるみたいな……そんな気持ち」
そう呟く間も、波は何度となく寄せては返していく。
その度に僕たちは、くすぐったさを覚える波の動きと砂の流れに身を任せながら、微かに目を細め続けていた。
「兄ちゃん、お腹はもうこなれた?」
「ん? ああ、もう平気だよ」
ついさっきまで満腹を通り越して軽い吐き気すら覚えていた腹を撫でながら、頷く。
「小春ちゃんに対抗したんだろうけど、食べすぎ」
「うん。その点は……ちょっとだけ反省してる」
昼食を終えた後、僕たちを待っていたのは食後のデザートだった。
荷物の中に混ざっていたクーラーボックスの中にあった、スイカがそれだった。
直径四十センチほどのそれが、よりによって二個も姿を現した時には思わず呆れ混じりのため息をつくしかなかった。
「よう冷やしてあるから、美味しいと思うよ」
水の張られたクーラーボックスから取り出されたそれは、みまりさんの言葉通り、瑞々しさで一杯の肢体を僕たちの前に惜しげなく晒していた。
あんなに水がたっぷり入っていたんじゃ、道理で無茶苦茶重かったはずだ。
車からここまで荷物を運ぶ間、暮林君と交替で引きずり引きずりしながらどうにか運び込んだクーラーボックス。
その余りの重さに、中に一体何が入っているのかずっと疑問だったけれど、事ここに至ってようやく謎が解けた。
「スイカ割り? スイカ割り?」
新しい遊び道具を見つけた子供みたいに、小春が目を輝かせながら口を開く。
「そやね。夏の風物詩って事で、いっちょやってみよか」
どこから取り出したのか木刀と目隠しを手にしたみまりさんは、僕たちに向かってにっこりと微笑みを浮かべて見せた。
回想から意識を引き戻しながら僕は、はぁとため息を漏らす。
「でもまさか、小春の腕力があそこまでとは思わなかったよ」
「真っ二つどころか、木っ端微塵だったもんね」
その時の光景を思い出したのか、くすりと笑みをこぼす凛子。
彼女の言葉通り、自ら望んで一番手を引き受けた小春は、その運動能力の高さを遺憾なく発揮して、難なく目標であったスイカを刃にかける事に成功した。
ここまでは、さすがはスポーツ万能の小春と素直に感心するところだったけれど、その後がマズかった。
パワー全開でスイカめがけて木刀を振り下ろした後、目隠しを外した小春が目にしたのは、割れたどころじゃなく粉々に砕け散ったスイカだった。
いわゆる「弾ける」ってのは、まさしくああいう事を言うのだろう。
結局スイカ割りは、残るもうひとつのスイカを死守する為に中止となってしまった(小春は今度こそとリベンジを望んでいたけれど)。
海の家から借りてきた包丁で普通に切ったそれを僕たちは、当初の予定通りデザートとして堪能する事ができた。
とまぁそこまでは良かった。
誤算だったのは、小春が粉砕したひとつ目の処理までさせられた点だった。
「実質、僕一人で半玉は食べたからなぁ」
「何言ってるんだか。最初は、喜んで食べてた癖に」
「それはそうだけど……僕は男だから、甘い物は別腹って訳にいかないんだよ」
昼食を食べた上に、水物のスイカ半玉を平らげるのは、普段からそれほど大食って訳じゃない僕の胃袋にはさすがに堪えた。
大体、小食の凛子が食べ残した昼食も僕が片していたから、どう考えても一・五人分は食べている気がする。
そんな訳でお腹がこなれるまで、一時間近くかかってしまった。
「よし、もう一泳ぎして来るかな」
気分転換&腹ごなしの更なる促進にと思い、膝に手を付きながら立ち上がる僕。
「凛子も一緒にどう?」
「嫌」
即答だった。
まぁ予想はしていたから別に驚いたりはしないけれど、もうちょっと悩む素振りを見せてくれてもいいんじゃないだろうか。
「疲れるから?」
「分かってるなら、最初から聞かないで」
「うーん……じゃあ、疲れないなら付き合ってくれる?」
「どういう事?」
僕の言葉の意味が計りかねるのか、小首を傾げる凛子。
そんな彼女にちょっと待っててと告げた僕は、波打ち際から一旦パラソルのある場所にまで戻ると、
「みまりさん、これ借りてきますね」
目当ての代物を手にしながら、相変わらずお昼寝モードなみまりさんに声をかける。
僕の声にうっすらと寝ぼけ眼を開けたみまりさんは、
「んー、分かった。気ぃつけてな」
「了解です」
そのまま凛子の元に駆け戻った僕は、これならどうだとばかりに眼前に掲げてみせた。
「……フロート?」
僕が持ってきたのは、イルカの形をしたゴム製のフロートだった。
立てると凛子の身長と同じくらいのサイズになるそれは、彼女を乗せて行くのには十分過ぎるだろう代物だった。
「そそ。凛子はこれに乗って、僕が引っ張っていくって寸法。これなら疲れないだろ?」
「んー、まぁそれなら付き合ってあげてもいいかな」
一瞬考える仕草を見せた凛子は、でもすぐに納得した様に頷く。
「じゃ、レッツゴー」
善は急げとばかりに凛子の手を握った僕は、空いたもう一方の手でフロートを引きながらざぶざぶと水面をかき分けていく。
腰まで水に浸かった辺りで、
「凛子、そろそろこっちに乗って」
「ん」
「背びれの部分を両手で持って、胴体に馬乗りになるのが一番安定すると思うよ」
「こう……かな?」
おっかなびっくりと言った感じで、ゆっくりとフロートに身体を預ける凛子。
その姿勢が安定するのを待ってから、イルカの口の部分にあった取っ手を持った僕は沖に向かって泳ぎだした。
浮きがあるお陰か、泳ぐのは結構楽だった。
少なくとも午前中に小春に強制連行された遠泳と比べれば、天と地ほどの差がある。
緩やかに上下する波をかき分けながら進むうち、やがて遊泳禁止区域との境界を示すブイのある辺りにまでたどり着いた。
時間にして十五分ほど、浜辺から距離にして五百メートルくらいだろうか。
「到着、っと」
「随分遠くまで来たね。人が、あんなにちっちゃく見えるよ」
浜辺の方を見渡しながら、凛子が少し楽しそうな様子で口を開く。
「よっと。あそこあるのが海の家だから、みんながいるのは……あの辺かな?」
そのままの位置だと波に隠れて遠くが見渡せなかったので、フロートに半身を乗せた僕は凛子と視線の位置を合わせてから、改めて岸の方に目を向けた。
その時、二の腕に温かい何かが触れる感触を覚える。
……ん?
何だろうと思いつつ目を向けるとそこには、凛子の太ももがあった。
柔らかいな……そんな素直な感想を抱きつつ、無意識のうちに視線を太ももから薄手の生地一枚で隠されている股間に移す。
って、こんな場所で何を考えてるんだ僕は。
慌てて視線を更に上げていく。
程よくくびれた腰からふくよかに膨らんだ胸を経由して、凛子の顔にまで視線を上げたところでばっちり目が合ってしまった。
って、僕の視線に気付いてたのか!
「んふふ」
僕が口を開くより先に悪戯っぽい笑みを浮かべて見せた凛子は、
「兄ちゃんのスケベ」
そう、猫の様に目を細めながら小さな呟きを漏らした。
事実だけに、返す言葉もない。
凛子は、被っていた麦わら帽子をイルカの背びれに掛け、またがっていた足を外して海の中に身体を潜らせたかと思うと、すぐに水面に姿を現した。
そしてそのまま、僕と肩を並べる。
「凛子?」
「兄ちゃん、キスしよっか」
小首を傾げる僕を前に、唐突に凛子はそんな事を言い出した。
「ええっ! 急にどうしたんだよ」
「そんな事、どうでもいいでしょ。兄ちゃんはしたいの? したくないの?」
不満そうに微かに眉根を寄せる凛子を前に、慌ててかぶりを振った僕は、
「そりゃまぁ、したいけど……」
「素直でよろしい」
すっと目を閉じた凛子を前に、念のため周囲に誰もいない事を確認してから僕は、肩越しに首を伸ばしながら凛子の唇に自分のそれを重ねた。
「……んんっ」
最初は軽く、ついばむようなキス。
いつものと違って今日のキスの味は、ちょっとだけ潮の味がした。
舌先で唇と歯の感触を楽しんでいるうちに、ゆっくりとその先の扉が開かれる。
熱くぬめったその場所に舌を差し込み、僕の来訪を待っていた凛子の舌をねぶり、吸い、絡める。
「ふっ……んっ……」
不意に、手のひらに柔らかな感触を覚える。
フロートのビニール地とは、明らかに異なった触感。
交わした唇はそのままに薄目を開けて見ると、僕の手がいつの間にか凛子の脇の下を通って胸の上に置かれていた。
無意識のうちに、動かしていたらしい。
指先に軽く折り曲げてみると、ゴムまりの様に柔らかなそれは僕の意図した通りにふにゃりと形を変えて力を受け止めてみせた。
「……んっ!」
一瞬、凛子の声が荒くなる。
もしかして感じてくれてるのかな……?
その事にちょっと嬉しくなった僕は、舌先だけでなく手のひらの方の動きも更に激しくしてみた。
撫で。
さすり。
揉み。
そんな事を繰り返すうち、手のひらのまん中に硬くしこった何かが隆起してきたのを感じ取る事ができた。
それが何なのかすぐに理解した僕は、指先でそれをつまみ、軽く転がしてみる。
「ふっ……んんんっ!」
僕の動きに、素直な反応を示してくれる凛子。
それは普段の、言葉少なでクールな印象の強い彼女からは想像もできない姿だった。
素直な凛子。
可愛い凛子。
それはきっと、世界中で僕だけしか知らない彼女だった。
どうやら今し方の愛撫で軽くイってしまったらしい凛子は、くたりと僕の腕の中で身体の力を抜いてしまう。
「わっ! り、凛子。大丈夫かっ!」
支えを失ったままずぶずぶと海中に沈んでいく凛子を前に僕は、慌てて両脇を腕で支えながら持ち上げる。
「けほ、けほっ!」
突然の事だったから、ちょっと水を飲んでしまったみたいだ。
何度か咳き込んだ後、しばらくの間浅い呼吸を繰り返していた凛子は、やがて気持ちが落ち着いたのか大きく息を吐き出すと、
「まさか……キスと胸の愛撫だけでイっちゃうとは……思わなかったよ」
まだ身体の中に余韻が残っているのか、言葉を切りながらゆっくりとそう言葉を紡いだ。
「ごめん。ちょっと調子に乗りすぎたかも」
「ホントだよ。溺れたら、兄ちゃんのせいだからね」
冗談めいた口調でそれだけ言った凛子は、微かに目を細めるとそのまま僕の肩に自分のあごを乗せて、また小さくため息をつく。
「ゴメン、兄ちゃん。ボク、身体に力が入らないや」
背中に回した両手で、支えを求める様に僕の身体を抱きしめてくる凛子。
「これって、いつもとシチュエーションが違うせいかなぁ。家の中じゃなくて誰かに見られるかも、って思ったらキスしてるだけで頭の中がジンジンしちゃって……兄ちゃんの指がボクの乳首を弄ってるのを感じた途端、イっちゃってたし……」
「そういや外で凛子とキスしたのって、初めてだっけ」
「……だね」
まぁ実際問題、浜辺からもかなり離れたこんな場所で僕たちが何をしてるかなんてまず分からないとは思うけど、見られてる「かも」って部分がいつもよりお互いの興奮を高めているのかもしれない。
これって一種の羞恥プレイ、ってヤツなんだろうか?
「んふふ。ちょっと病みつきになりそう、これって」
「え? 凛子、それって……」
「冗談冗談。ハイリスクハイリターンは、ボクの信条じゃないよ」
「あはは。そ、そうだよな」
僕の心中を読み取られたかと思って一瞬びっくりしたけれど、すぐにそうじゃないと気付いて慌てて乾いた笑いをこぼす。
とは言え本音は半分安堵、半分残念な気持ちだった。
「そろそろ戻るか」
僕的にはこうして凛子といつまでも抱き合っていたかったけれど、あんまり戻るのが遅いとみまりさんたちが心配するかもしれない。
とりあえず来た時と同じに、凛子をフロートに乗せて――。
「って、あれ?」
その時になって初めて僕は、ついさっきまで側にあったはずのフロートが姿を消している事に気が付いた。
慌てて辺りを見渡してみる。
「兄ちゃん……あそこ」
「あ……」
凛子が指差した先、距離にして百メートル先の波間を、イルカのフロートがぷかぷかと所在なげに漂っていた。
どうやらキスに夢中になっている間に、流されてしまったみたいだった。
「…………」
「…………」
「凛子、泳げる?」
「無理」
皆まで言わずとも僕が何を言いたかったのか理解したらしい凛子は、きっぱりと拒絶の言葉を口にする。
元々体力の無い上に、たった今までアレでナニで疲れたままの凛子に岸まで泳いで戻れってのは、確かに無茶な要求かもしれなかった。
って事は、僕が連れて行くしかないのか。
「しょーがない。僕が泳ぐから、凛子は背中につかまって」
「……ん」
前から抱きかかえていた凛子の身体を背中に回し、両腕が首に絡まった事を確認してから僕はゆっくりと泳ぎ出した。
「ちゃんとつかまってろよ」
そう言いながら、念のため片手は凛子の腕を掴んでおく。
どうやら潮が満ち始めているみたいで、放っておいても僕の身体は海岸の方へと流されいるみたいだった。
フロートが流されてしまったのも、きっとこの潮の流れのせいなんだろう。
僕一人だったらそれこそクロールでもして一気まで岸に戻ったところだったけれど、凛子がいる今はさすがにそんな無茶はできない。
だから立ち泳ぎに近い姿勢で、波の動きに合わせてゆっくり海水をかき分けていった。
しばらくの間、沈黙が流れる。
陸からはまだ距離があるせいで波は音もなくうねり、頭上からは陽光がさんさんと降り注いできていた。
静かだった。
耳に届く音は何もなく、一瞬、世界中の人間全てが消えてしまい僕一人だけが取り残されてしまった様な、そんな錯覚をふっと抱いたりもしてしまう。
どんなに声を上げても、耳を傾けてくれる人はいない。
どんなに手を伸ばしても、その手を握り返してくれる人はいない。
どんなに笑っても、一緒に笑ってくれる人はいない。
それは、とても悲しい世界だった。
じわりと僕の心の片隅に浮かび上がってきた、黒い染み。
それは水に浮いている時に感じる特有の浮遊感が、僕の心の奥底に眠っている何かを呼び覚ましたのかもしれなかった。
一体それは何なんだろう……その黒い染みの正体を確かめようと心の中の僕が一歩、足を踏み出そうとした時だった。
誰かが背中から僕の事を、ぎゅっと抱きしめてきた。
はっと我に返る。
凛子だった。
僕の背中に寄り添っていた凛子が、不意に首に回していた両腕の力を強めていた。
「兄ちゃん。ボクは……ここにいるよ」
肩越しに、ぽつりと漏れる呟き。
僕が口を開くよりも先に紡がれた彼女のその言葉に、どうしてか嬉しさと温かさを感じてしまう。
だから僕は、
「ああ、そうだね」
頷きながら、そう返していた。
流されていたフロートに追いついたのは、それから少し経ってからだった。
「よっと……」
波間を漂っていたそれの口を掴み、手元に引き寄せる。
「ふぅ、これがあれば最悪溺れる心配はないかな。あ、そうだ。凛子、こっちに移る?」
「……ううん。このままでいいよ」
あれ、てっきり乗り移るかと思ったのに。
まぁ僕としても、背中越しに凛子の身体の柔らかさを堪能できるから、このままでいてくれた方が嬉しくはあったけれど。
ん?
もしかして凛子も、僕と同じなのかな。
そんな事を思いながら、独りほくそ笑んでみたりする。
でも……それが単なる勘違いだって分かったのは、それからすぐだった。
「ところでさ、兄ちゃん」
「ん?」
「僕の身体の感触をお楽しみなのは、全然構わないんだけど」
「ぶっ! な、何を?」
図星を突かれて思わず、吹き出してしまう。
でも当の凛子は、そんな事一切お構いなしな様子で、
「ふふーん。ボクが気付いてなかったとでも思うの? じゃあ、聞いてみようかな。ボクと小春ちゃんと初瀬さん、誰の感触が一番良かった?」
「え、え……ええっ!」
「遠泳から戻ってきた時、小春ちゃんに抱きつかれてたり、初瀬さんと肩を寄せ合って浜辺まで一緒に戻ってきたり……鼻の下、すっかり伸びきってのが丸分かりだったよ」
う、全部お見通しでしたか。
確かにもしかしたらとは思った物の、声をかけた時PCに夢中だったからてっきり見てないと安心していたのに。
「ボクの前で、他の娘といちゃいちゃするなんて……」
「いちゃいちゃって、そんな」
「…………」
返答の代わりに、右頬を思いっきりつねられる。
「痛てて!」
「んふふ。兄ちゃんも、随分女の子の扱いに手慣れてきたもんだね。まったく……」
あれ?
頬の痛みに顔をしかめながら、ふと凛子が口にした言葉に違和感を覚える。
だから僕は、その疑問を素直に口にしてみた。
「なぁ凛子……もしかしてお前、妬いてる?」
びくり。
凛子の身体が一瞬、硬くなるのが背中を通して伝わってきた。
って……図星だった?
「ど・の・く・ち・が、それを言うかなーっ?」
右頬に続いて、今度は左頬が思いっきりつねられる。
「いひゃい! いひゃいって!」
「問答無用。罰として、今から岸に着くまで兄ちゃんはこのままね」
有無を言わさぬ口調。
だから僕は、両頬を抑え込まれて身動きもままならない首をかろうじて縦に振りながら、
「ふぁーい」
そう応えるしかなかった。
両頬は、鏡で見たらきっと赤くなってるに違いないと思えるくらい痛かった。
それは自体は、自業自得なんだろうから仕方がない。
でも同時に、ちょっとだけ嬉しかった。
凛子が、僕に焼き餅を焼いてくれた事が。
僕が他の娘と一緒にいるのを見て、妬いてくれるくらい僕の事を意識してくれているんだって事が。